女性的なもの
勿論、僕はストレートですし、ジェンダー論者でもありません。ただ、表現としての女性的なものへの憧れというものが大いにあると思うのです。男性として生まれて何となく身につく「男らしさ」というものはある種の必然ですし、「男性として受ける教育」と「女性として受ける教育」というのは違うと思いますから(人格形成の基礎となった中学時代は男子校で過ごしましたし)、否応なしに「男性的な存在」として僕は育ったわけですね。
一方で自分に欠落しているものへの憧れというのは誰しもあろうかと思います。必然的に身についてきたものがある程度固まっているからこそ、自分に備わっていないものに対する憧れは強いのだろうと思います。何もそう言った感情は恋愛に限った話ではなくて、表現の世界でも同じことが言えると思うのですよね。
過去を振り返れば、「字体の習得」が挙げれると思います。小学生の時、皆さん漢字ドリルなるものをやらされたと思います。新しい字を覚えるために、漢字で書かれたお手本をなぞっていく、あれです。勿論模範となっている字面は完成されたフォントで、それはそれで美しいのですが、教師を始めとした周囲の大人の書く字を見ても、誰もお手本通りの字を書いている人はいませんから、なんか違和感があったのですよね。
一方で昔から「綺麗なもの」には興味がありましたから、何とかして自分の字も「こなれた」字体にしたかったのでしょう。小学生の僕がやったのは、「自分の好きな雰囲気で字を書いている人の字を真似る」ということでした。小学生でも書道やってる子とかはなかなか字が上手でして、その中から自分の好みの字を書いている人を選んで、真似して、また他の人の字も眺めて、真似して、というところから僕の今の字は組み上がっています。こうして真似していた字は大抵が女の子の字たったんですよね。
おそらく人生で初めて「パクる」ということを意識してやった時期だと思うのですが、「習う」というか「倣う」というか、人は秀作を真似てスキルアップするものですから、これも必然の産物だったのかも知れません。こうして、「女性的なもの」を真似ると、自分が面白い方向に行く、ということを学びました。
よく僕が取り上げる作家に恩田陸氏がいますが、この人の文章なぞ非常に高度に洗練されていますが、女性的で想像力をかき立てる力があります。論考にレトリックはそこまで必要ではありませんが、でもここぞという時の説得力を文章に与えるためには、ここ1、2年、恩田陸氏の文章に肖っている部分は大きいように思います。
色の好みで言うと、蜷川実花氏の写真の構成などは非常に好きで、女性にしか描けない世界観ではないかと思っています。実は大学時代、色の感覚に変化をつけるために、女性の洋服売り場に立ち寄った際、よくカラーコーディネートを観察してました。男性の着る服の色味は、やはり男性的な組み合わせだと思うのです。蜷川実花氏の特にポートレイトはとても鮮烈で、でもその被写体でしかなし得ないような世界観と表現の一致があって、とても面白いなと思っています。
プロダクトデザインでも女性のものに強烈に惹きつけられることがあります。僕は鼻が低いので駄目なのですが、陳列されてる商品を見てる限りだと、New Yorkを拠点にするSelima Optiqueの眼鏡は非常にカッコいいと思います。女性が作った男性モノというのは、女性から見た男性像が描かれていて、その感覚というのは僕の中に内包できないもののように思います。
女性誌に目を通すことは最近ではめっきり減りましたが、昔はVogue Nipponなどに目を通して、女性に向けた洗練されているけどキャッチーな文体ってどういうものなのかなあとのぞいてみたりしてました。
基本的に「男に女性は理解できない」と思っているのですが、「女性的なものへの憧れを持つこと」というのは表現をしていく上で、良いエッセンスになっていると思います。勿論、これは僕の立ち位置がそうであるからであって、ハードボイルド小説を愛してやまないような人は、それはそれで表現へのこだわりがあっていいと思うのですよね。
勿論、未踏領域もあります。割とサブカルブームでフィーチャーされたような少女マンガも読まないですしね。全部が全部女性的なものへ憧れたらそれはなんだか危なげな話になってしまいますから、ピンポイントで僕が持っていないそして惹きつけられる要素を持った表現者を発見した時に、こういう感覚が芽生えるのです。
結局は繰り返しになりますが、ピンポイントで揺さぶられる表現者に出会えるかどうか、というのがこの論考のベースにあります。しかし、興味深いのは僕が惹かれる表現者の作品に対する批評家の言が、大抵「女性らしい感覚を活かした」のような言葉で語れれていること。女性が男性的に表現したものにあまり惹かれないのは、男性的なものに関しては僕の中の感覚が既に満たされているから、ということなのかも知れません。




