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知的に出し惜しまない社会、物的に出し惜しむ社会

21世紀どういう社会になるのかなあと20世紀に考えていましたが、よくわかりませんでした。21世紀に入って10年近く経って、何となく僕なりに21世紀の社会像ということのイメージが湧いて来ました。「出し惜しまない社会」ということです。

例えば、ITであればオープンソースとかAPIとかWikipediaとか、ビジネスであればCSRとかコンプライアンスとかトレーサビリティとか、政治であれば説明責任とか情報開示とか、様々な分野で「出し惜しまない社会」という未来像が描かれ出しているのではないかと思うのです。

既得権益に縋り付く時代ではなく、また既得権益にしがみついたりぶら下がったりしているだけでは、社会の変化に追従していけない世の中になって来るはずだと思うのです。いわゆるグローバル化に加え、社会のWiki化、オープン化、ネットワーク化が進むと、世はどんどん「出し惜しまない社会」の方向へ向かって、秘密主義は悪とされる世の中になっていくと思います。

一方でこういった流れにあって大事になってくるのは権利の問題です。社会への資産の偏在化が進むのであれば、当然それに付帯する権利をマネージメントすることは難しくなります。中国が良い例ですが、制作者の権利が守られず、不法コピーが流通することは「混沌」であり、「出し惜しまない社会」の弊害であるとも言えます。

一方で「出し惜しむ社会」という側面も21世紀にはあります。化石燃料の枯渇、穀物価格の高騰、水産資源の争奪、地球環境の急激な変化。我々は地球を存続させるために「Save=出し惜しむ」必要があります。「もったいない」とか「節約」とかいうことを国家的に世界的に考えていかなければいけないシチュエーションに置かれています。財布だけを気にして生活していては駄目で、「地球人」という新しいアイデンティティの獲得が必要になります。

20世紀後半はある種、「物的に出し惜しまない社会、知的に出し惜しむ社会」でした。21世紀いやむしろ21世紀前半くらいで決着をつけねばならないと思いますが、「知的に出し惜しまない社会、物的に出し惜しむ社会」になるための道を模索しているのではないかと思います。この二極構造の反転が必要です。エコに始まる様々なソーシャルアクトや、企業活動、そして政治はその反転のためにエネルギーを使う必要があると思うのです。

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