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メディア不要論

「The Medium Is The Message」というMarshall McLuhan氏の言葉と共に学生時代を過ごしていましたから、「メディア」という言葉には多かれ少なかれ思い入れがあるのですが、とは言えちょっと最近メディアの存在意義と言いますか、価値そのものに懐疑的になっている自分がいます。

インターネット登場前は「テレビ」「ラジオ」「印刷物(書籍、雑誌、新聞)」がいわゆるメジャーなメディアで、それぞれがプレゼンスを持っていたわけですが、インターネット登場以降、旧来のメディアの権威は失墜したとも言われています。勿論、インターネットが出てきたからこそ新聞が重要性を増したとか、テレビや雑誌がトリガーになってインターネットに誘引しているとか、色々言いようはあると思うのですが、それ以前の問題として最近感じているのは、ユビキタスコンピューティングとか情報家電とかが普及していくと、「メディアはコンテンツプロバイダーでしかなくなる」と思うのです。

これは別にメディアからコンテンツプロバイダーになることがデグレードであるということではなくて、現状のメディアと見なされる様々な企業は、非常に優良なコンテンツの作り手であることは確かだと思います。予算的にも技量的にも企画的にも、UGCがいかに面白いとは言え、現状のメディアが持っているノウハウには満たないと思います。

ただ、RSSリーダーで様々な記事を読んでいると、それが日経の記事であろうがアルファブロガーの記事であろうが友人のブログの記事であろうが、十把一絡なわけで、そこには権威というものは介在していなくて、自分にとって有益な情報かどうかという神経のみが働いているという印象を受けます。

更に言うとメディアというパッケージではなく、コンテンツという個で見られる傾向が、より顕著になるということです。これは実は作り手にとってはメリットもあって、より「作家の顔」が見える構造になり、実際に汗水たらして働いている人の存在感が上がると思うのです。

メディアというのは「媒体」と訳されていましたが、いつの間にか「権威」と同義語になってしまった印象を受けます。しかしながら、権威というほどのインテリジェンスを今のメディアに感じるかと言えば懐疑的にならざるを得ません。一方でインターネットのコンテンツがそれを乗り越える価値を持っているかと言えば否。

ただ同じ土俵で勝負せざるを得ない時代は来ると思うのですよ。

優良なコンテンツは優良な広告主を集めるためにある、という世の中もつまらないですし。報道に絞っちゃえば権威の純度はむしろ高まるだろうし。

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