人口の時代の再来なのか
20世紀後半というのをひとくくりにすると、「GNPの時代」だったと言えることができると思います。しかし、21世紀に入って色々な垣根が取り払われてくると、社会の価値観も「GNP至上主義」ではなくなったように思います。
中国のインターネットが躍進しています。中国最大手の検索エンジン百度(Baidu)が世界の検索数で第三位に躍り出ました。また先日香港証券取引市場に上場した阿里巴巴(Alibaba)が上場時のGoogleに肉迫する値をつけたと報じられました。中国のインターネット人口は1億7,200万人(9月末時点)で、日本の総人口を超えています。
考えてみれば当たり前のことです。世界人口の5分の1は中国なのですから。例えば今のネット経済の大きな主軸である広告に目を向けても、インプレッション数、ユーザ数、クリック数、それらの数字はそのベースに人の数を置いている部分が大きい。ですから、単純に考えると今後のネット社会において中国が占める影響力は非常に大きくなる印象を受けます。
群衆の叡智(Wisdom of Crowds)は多数決とは違いますが、母集団が大きくなればなるほど結論の精度が増すということではなかったかと思います。とすれば「10億人の群衆による叡智」とはいかほどのものかとも思います。
中国の商習慣は独特でグローバルに馴染み辛いという考え方もあると思いますが、一方で各国で華僑が経済界で活躍しているという実績もあり、ネットはむしろより多くの中国人が外へ出て行くことを簡単なことにするでしょう。そして国内は既に世界の工場、世界の台所として、様々な問題があるにせよ、世界的に大きな影響力を持っています。
これは人口の時代の再来なのでしょうか。
いわゆるフラット化の流れの中で、果たして国家というものは意味を持たなくなるかというと、人間がアイデンティティを組織の帰属に見出し、その最も大きな括りが国家である以上、これからも国家は社会の最大単位であり続けると思います。
中国なら安く物が作れる、中国なら安く物が手に入る、という時代はいつまで続くでしょう。目覚しい勢いで発展し、躍進を続ける中国を見ていると、いつまでも下請けに甘んじているようにも思えません。
まだ問題は色々あるのでしょうが、「ネットユーザを10億人抱える中国」になった時の世界の有り様というのは、今とは違ったものになっているのはないでしょうか。




