表現介添人
エクスペリエンス・トランスポーターズというのは「経験配達人」という意味で、かれこれ3年ほど、WEBサイト自体もそういうコンセプトのもとでのブランディングをアピールしているわけですが、さすがに3年も同じ言葉使っているとねえ、飽きますよねえ。
実際、そこまでクライアントにエクスペリエンス・トランスポーターズの真の意味というか邦訳をお伝えしないままに仕事が走っちゃってることも多いのですが(長いですね、とは頻繁に突っ込まれますが)、経験配達人という言葉自体が、僕の仕事の擬人化であって、それはそれで一つ大きな背骨として持っておくことには意味があると思っています。
金重有邦氏という備前焼の陶芸家の方の仕事をしています。おかげさまで色々なクライアントとお仕事をさせていただいていますが、いわゆるアーティストの方と仕事をするのは初めて。しかも、日本の伝統工芸ということで、今までの仕事と大分毛色が違うなあというのは確かです。
一度岡山の工房にお邪魔したことがあるのですが、Bossa Novaかかってたりして、いい意味で陶芸家というものに対する既成概念を僕は覆してもらいました。その方は作品を私小説、個展をライブだと言っていて、何でも個展が決まってから作品を作るのだとか。でもそういうところも今の時代を生きる陶芸家なのだろうと思いますし、古の慣習に無理に縛られず即興性を大事にし自由にやりたいようにやっている、そういう姿勢がアーティストなのだろうと思います。
一方で、朝方お弟子さんを含めた皆さんで神棚にお祈りをし、それから作業を始める様子は古き良き日本のモノ作りだなと感じます。
そういう方と仕事をする時に僕の役割ってどう位置づければいいのだろうと思ったわけです。クライアントはもう何十年も創作活動を続けているプロフェッショナルであり、かつ表現の道を求道しているアーティストであるわけです。そういうところに僕みたいな人間が介在する余地があるんでしょうか。
と、この介在という言葉が浮かんだ時に、ふと閃いたことがありました。僕の仕事はそこに「介在」することではなく、そこに「介添」することではないのかと。
介添人とは、挙式や披露宴で花嫁の世話をしてくれる人のこと。晴れの大舞台に立つ花嫁は、緊張しがちで気分を悪くしたり、着慣れない衣装などで戸惑ったりすることもあります。そんな花嫁をサポートしてくれるのが介添人です。一般的に年配の女性が介添人を務めます。
ネットとかITとかいう何だか敷居の高そうなものに接する人に対して、気分が悪くなったり、戸惑ったりすることのないようにサポートして、クライアントの新しい表現活動を陰で支えるような役回り。そういうことなら僕の得意分野かなあという気がしました。
別にエクスペリエンス・トランスポーターズという名称を、「経験配達人」から「表現介添人」に変えようとか、そういうことではなくて、ただ今回色々な意味でクリエイティブに対して僕よりもずっとずっと造詣の深い人と仕事をする機会に恵まれて、そんな言葉を思いついたのは、これから仕事をしていく上でも、多かれ少なかれ自分の立ち位置を明確にするのに役に立つのではないか、そんなことを思いました。
加藤康祐が作ったということへの納得性は、必ずしも成果物に包含される必要性はないわけですよ。




