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コンセプトでデザインしない

僕もプランナーと言ってますから、仕事を始める時には当然企画書を書きますし、場合によってはプレゼンもしますし、ですからコンセプトは作りますし、コンセプトについて喋りもします。そうなんですが、そこまでコンセプトに固執しません。

先日、iPhone 3Gが日本でも発売になって、日本の携帯電話と比較してのスペック落ちはあるにしても、やはり、知識としてタッチスクリーンのインターフェイスを学習していても、実際に触ってみると大分違って楽しいみたいです。iPhoneが他の携帯電話を一瞬で凌駕してしまったのは根幹にまっさらな状態からのコンセプトメイキングがあることは疑いようがありません。

昨年の夏、とある大学の研究会の研究発表にお邪魔しました。その時、教授がおっしゃっていたのは「昔ほど尖がっているものがなくなった」ということでした。僕はその分野に知見があるわけでも何でもなかったのですが、感じたのは「コンセプトのせいで小さくまとまっちゃってるな」ということでした。コンセプトに規定されることによって、クリエイティビティが逆に矮小化されてしまっているなという印象を受けました。

コンセプトは魔物です。

百騎当千の強者なら徹頭徹尾、コンセプトドリブンで良い物を作れるのかも知れません。でもそういう人って万に一の天才だけだと思うのですよね。最近だと深澤直人氏とかそうだと思う。

でも、『デザイン思考の道具箱』という奥出直人氏の著作を読んだ時に感じたのが、一見誰にでも良いものが作れるアプローチのように見えて、実は誰にでもそれなりのものしか作れないアプローチなのじゃないかと、ちょっと懐疑的な気持ちを抱きました。

ではどうするのか、というと、僕は凡人がコンセプトの質以上のものを生み出すためには、とにかくショートスパンのトライ&エラーを繰り返すしかないのではないかと思います。作ってみて、眺めてみて、問題見つけて、また作ってみる、その反復を続けるしかないのではないかと思います。

僕はこの作業にクライアントを巻き込むので、クライアントは大変です。

ただWEBであれば、同じデザインを少なく見積もっても3年くらいは使うわけです。キャンペーンのように数週間で次が出てくるわけではなくて、ある程度使い続けることになるし、頻繁にメジャーなデザインチェンジを行うのはコスト的にも大変です。この仕事は成功、この仕事は失敗、というようなことは許されず、失敗=クライアントとの決別になりますから、コンセプトは絶対遵守しなければならないと思って制作作業を進めるのはリスキーだったりします。

ですから、コンセプト自体も最低限守りたいそのプロジェクトに対する仕事の姿勢みたいなことを明文化するにとどめるケースが多いです。

こういう考え方って、ブランディングとか言うことと一見相反しそうですが、本来コンセプトってクリエイティビティを規定するものではなくて、クリエイティビティを伸張させるものだと思うのですよね。突き詰めるべき方向性の自由度を確保するというか。

だからコンセプトには「勇ましい言葉は使わない」で、きわめて穏やかにプロジェクトへの決意表明するくらいの按配がいいと思うのですけど。

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