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国民総批評家社会 その2

その2ってタイプの記事は、そう言えばこのブログでは初めでですね。以前、「国民総批評家社会」という記事を小林秀雄氏の言説などを拝借したりして書きましたが、今回はその第二章というわけで、ちょっと話を進めてみます。

唐突な質問ですが、「国民総批評家社会における勝ち組」って何でしょう。最近色々なことがあって思ったのは、「良質な批評を受ける人」なのではないのかなと。

実に様々な人が様々な形で情報と接した結果、批評という活動を行うことで、「批評される人」というのが出てきますね。一昔前ですと、批評される人=有名な人だったわけですが、有名な人が多くの批評を受けるのは当然ですが、良質な批評を受ける人が必ずしも有名人とは限りませんし、別に批評というのはその人が善か悪かを投票で決めるというような行為ではないわけですから、こと良質というフィルタリングにおいては、有名無名は関係ないという気もします。

そうなると「良質の批評とは何ぞや」という命題が難しいですね。こういう抽象的なことは自分の経験に落とし込んで考えてみるしかないわけですが、やはりその後の自分の思考と行動にプラスかどうかということではないかと思います。

プラスという言葉も曖昧ですが、ご都合主義ではなくて、日和見主義でもなくて、ポジ・ネガ問わず、その先の自分のためのエンパワーメントになるのかどうかということだと思います。投資とか紹介とか斡旋とかいうことと同義で、「批評」って個人へのエンパワーメントの一材料に成り得るのではないかと思います。

この話は、僕のような仕事の場合、「個人事業主の仕事は劇場型であるべき」で書いたような内容に被ってくるように思います。

これは言い換えれば、Crowdsから真摯なフィードバックをいかにして集められるか、ということでもあると思うのですが、そういうものは本人がまずもって行動を起こさない限り、何も始まらないですよね。

批評するってことも十分大事なことだとは思いますが、最終的に目指すべきは多くの人にとって「良質な批評をすること」より「良質な批評を受けること」のように思います。そして、自分の批評や分析に批評を受けるのではなくて、自分の行動や生き方に批評を受ける、そういうのが理想なのではないかと。

最近出会う人たちを、羨望の眼差しで見てしまう理由は、そういうところにあるのかなとふと思った次第。

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