<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss xmlns:feedburner="http://rssnamespace.org/feedburner/ext/1.0" version="2.0">
   <channel>
      <title>kosukekato.com</title>
      <link>http://www.kosukekato.com/</link>
      <description />
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Fri, 14 Nov 2008 19:08:18 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

      
      <item>
         <title>クラウドソーシングに必要なのは、旗印の魅力 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;昨今、IT業界のトレンドワードに「クラウドソーシング」というのがあります。クラウドソーシングの定義については、Wikipediaを参照することで割愛させてください。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;従来、アウトソーシングという形で企業などが、外部に専門性の高い業務を外注するというトレンドがあった。しかし、昨今では、インターネットの普及により「不特定多数」の人にそのような業務を外注するというケースが増えている。それらを総称し、クラウドソーシングと呼ばれている。たとえば、P&amp;Gは商品開発に、ボーイングは機体組み立てにそのような手法を取り入れている。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;この辺りの話は以前取り上げたDon Tapscott氏の『&lt;a href="http://www.kosukekato.com/archives/002259.php"&gt;Wikinomics&lt;/a&gt;』で既にかなりの部分取り上げられており、ただクラウドソーシングという言葉自体が浮上してきたのは最近のことという認識です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、このクラウドソーシングですが、サービスとしてやろうとするとなかなか難しい。というのもプラットフォームを作っただけだと、しばしば「マイクロビジネスのマッチング」のためのプラットフォームに変容してしまうと思うのです。別にマイクロビジネスのマッチングだけでも意味のあることですが、これまでもそういった分野は仲介業者、斡旋業者がエンジニアやクリエイターの登録サイトを作って行って来ました。有名なところだと&lt;a href="http://business.rakuten.co.jp/"&gt;楽天ビジネス&lt;/a&gt;とか&lt;a href="http://www.loftwork.com/"&gt;Loftwork&lt;/a&gt;なんかがありますね。ただこういうのって実はアウトソーシングのプラットフォームがネット化しただけで、厳密に言うとクラウドソーシングではないように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それらと、Wikipediaとかオープンソースのソフトウェア開発プロジェクト、P&amp;Gやボーイングの取り組みなんかを比べると、関わる人の数が違う。可能性のある範囲から見積もりとポートフォリオを集めて選別して発注するというアウトソーシングのスタイルとは違って、1つの大きな旗の下、色々な人が部分的に関わって大きな世の潮流と成り得るプロジェクトが動く。というのがクラウドソーシングの大きな魅力なのではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう言えばその名も『クラウドソーシング』という本が出版されているのですが、この本自体がWiki的にクラウドによって編集され、出版された本だそうで、そういうことなんですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう考えると、これからのクラウドソーシングを考えるに、「マイクロビジネスのマッチング」ということの差別化というのは、大いに注意を払われるべき部分ではないかと思いました。そういう意味では、その旗振り役と成り得る体力の持ち主という意味では、大企業のコミットメントも重要なのかも知れません。こういうことは経済力、お金だけじゃないですけどね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、例えば先述のボーイング787、Dream Linerは"あたかも"クラウドソーシングの成功事例のように語られていますが、実はこの787、ボーイング社始まって以来の大幅な開発遅延に悩まされているプロジェクトなのだそうです。勿論、遅延の理由には様々な要因があるわけですが、さりとてこの「新しい取り組み」の影響がないとも言えず、クラウドソーシングによるプロジェクトのマネージメントがいかに難しいか、ということを物語っている一例とも言えそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;当然、中央管制室型のマネージメントはクラウドソーシングの世界では機能しないのでしょうが、さりとて、ビジネスとして走らせるにはタイムマネージメント、コストマネージメント、クオリティマネージメントが必須です。所謂、「知財」以外の資産を必要とするプロジェクトで、これらをきっちりとマネージメントしながらプロジェクトを運営していくということは、かなり高度で高度過ぎる世界のような気もします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とは言え、クラウドソーシングには「夢」があります。ワクワクするプロジェクトに、様々な所属の人が関われる「希望」があります。そういうものを満たすには、まずもって、プラットフォームの仕組みより、むしろプロジェクト自体の旗印の魅力に、クラウドソーシングという形態の魅力が担保されるということになりませんかね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/PQdjmiXzpfmUdcJUmkE5Rt5cS7Q/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/PQdjmiXzpfmUdcJUmkE5Rt5cS7Q/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=mf6s2Qxq"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=A5zk4rOT"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/3MjcKNED0s8/003126.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/003126.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Don Tapscott</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Loftwork</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">P&amp;G</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Wikipedia</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">クラウドソーシング</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ボーイング</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">楽天ビジネス</category>
        
         <pubDate>Fri, 14 Nov 2008 19:08:18 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/003126.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>デジタルネイティブの台頭が、人材流動化の鍵？ [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;就職氷河期世代とかロストジェネレーションとか、あんまりいいように形容されない僕らの世代ですが、&lt;a href="http://www.marcprensky.com/"&gt;Marc Prensky&lt;/a&gt;氏によると、僕らの世代というのは「Digital Immigrant」ということになるそうです。「Digital Native」が生まれるまでの移民の世代ということで、この言葉は結構しっくり来ますね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先日、NHKスペシャルで『デジタルネイティブ』というそのままずばりの特番が放映されまして、はてなが取材を受けたということもあり、結構ネット界隈で放映前から話題になっていたようです。内容的には取材対象はそれぞれ興味深かったものの、散々変化の現場をフィーチャーしたのに、結論が「世界は変わるかも知れない。。。」みたいなありがちなもので、ちょっと消化不良というか、不完全燃焼というか、良いトピックだったのに勿体無いなあ、という感じがしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;10歳ほど年下の従兄弟などを見てきた感じだと、世代間の隔絶を感じざるを得ません。彼らは映画張りのフル3Dのゲームで育ってきた世代で、リテラシーとかそういう次元ではなく、育んできた「感覚」→「デジタル感覚」みたいなものが、僕ら「Digital Immigrant」とは違う気がします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「Digital Immigrant」の良いところというのは、黎明期のデジタルの進化の経緯を見てきたというところでしょう。パソコン通信やテレホーダイやポケベルで始まっていますから、技術の変遷を体感してきました。一方で「Digital Native」にとってはデジタル環境が整備されているのが言わば当たり前の世代です。この「当たり前の土台」が違うというのは結構大きいように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;折りしも世界経済は混迷の時代を迎え、日本でも多かれ少なかれその影響は受けるでしょう。企業もそれなりのダウンサイジングを余儀なくされるでしょうし、Tom Peters氏が90年代に予言した「ホワイトカラーは近い将来激減する」ということは、対外的な要因で不可避になるかも知れません。そういう時代にあって、優秀な人材と企業がどのようなパートナーシップを構築するべきなのか、というのは大きな命題です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「Digital Native」の特性というのは、学校教育が築いたものではなく、技術の発展と文化の変遷によって築かれたものだと言えると思います。これまでの学歴社会のように順当にピラミッド構造で優秀な大学に進学した学生が大企業に就職するということが、構造的に機能しなくなるように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今の企業にとって、「Digital Native」というのは「強烈な個性」だと思います。そういうものをどのように評価するのか。そのスケールを今の人事・採用の仕組みが持っているかというとどうでしょう。僕みたいな人間は、そういう大企業にフィットできないような個性を、元気のある中小企業が大いに評価して採用して欲しいと願うわけですが、そうすると学歴社会と企業社会の間にあった大量生産・大量採用のバランスは崩れるのではないですかね。今ですら兆しはあるわけですから、今後大きな滑落になる可能性はあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;数年前までは転職市場が活況にありましたが、基本的には日本は人材流動性のまだまだ低い国です。それはある意味で雇用が安定しているとも言えますが、一方で、「社内でくすぶっているエンジニア」や「やりたいことができないクリエイター」と言った不適切な職場に甘んじている話もかなり聞きます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「Digital Native」が社会人になる時代が来て、世の「人事」に対する考え方が刷新されるを得ない時代が来れば、それこそもしかしたら「フリーエージェントの時代」への幕開けなのかも知れませんし、世の人々が「やりたいことをやりたいようにする」社会の到来なのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、それってとても厳しい時代だ、ということを忘れてはいけませんが。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/ay-ZKrvrsgtfhN7YNSg1YeUyweE/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/ay-ZKrvrsgtfhN7YNSg1YeUyweE/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=JFgGaHYW"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=Rcad4dP9"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/DLjPpWS1p_w/003124.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/003124.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Digital Immigrant</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Digital Native</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Marc Prensky</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">NHKスペシャル</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Tom Peters</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">はてな</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ロストジェネレーション</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">就職氷河期</category>
        
         <pubDate>Fri, 14 Nov 2008 14:21:56 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/003124.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>心の闇 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;王欣太氏の三国志を題材にした漫画、『蒼天航路』より。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;お前という人間を武と智で割れば、きれいに割り切れて残るものがない。おまえたちには心の闇がない。心に闇がない者は圧倒的に強い。しかし俺を破りすべてを奪える人間とは、 俺以上に心の闇を持ち俺を惹きつけてやまぬ人間だ。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;主人公の曹操が袁紹軍の文醜に向かって言い放つ台詞です。『蒼天航路』という漫画は、旧来の三国志漫画の世界観から思いっきり跳躍して、人間の性みたいなものを浮き彫りにしている傑作だと思うのですが、僕が特に心に残っているのが「心の闇」という概念の提起です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これは解釈が非常に難しいのではないかと思うのですが、僕は恥を恥として、罪を罪として、辱めを辱めとして、自分の中に蓄えられているかということが大事で、「心に闇がない者は圧倒的に強い」というのはここ数年のアメリカのブッシュ政権的正義で、「能」にだけ傾倒して厚顔無恥になることへの警鐘なのではないかと捉えています。ちょっと難しい話ですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思い悩み苦しむ、ということは人の大いなる営みであって、そういう「駄目さ」とか「陰鬱さ」とか「空虚さ」とか「卑屈さ」とかいうものを、切り捨てることなく受け入れる。満ちる時があれば欠ける時もある、という日本的美意識、日本的価値概念にも繋がってくるのではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;勿論、そう言った「心の闇」が愚行を生むという考え方もあると思います。人の醜い部分の発露の結果、通り魔殺人事件や猟奇的殺人事件が起きたりする。でも僕はむしろ、そういうことって「心の闇」を「心の闇」として自分の中に蓄えられる、許容できる力がないからこそ起きるのではないかと思っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「心の闇」は言わば半身でしかなくて、「心の光」という光の当たる部分がもう半身です。陰陽道とか道教のタオマークを思い浮かべてください。陰と陽が対称で対であるがゆえに世の理というのは機能する。「心に闇がない者は圧倒的に強い」わけですが、強いだけでは生き抜いてゆけないのが人間ではないでしょうかね。強いだけだから、愚行に走ってしまうのだと考えるわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;メディアを通して「事件性のあるニュース」の報道を見ると、そういう人間の性への基本的な理解が違うなという印象を受けます。原因があって環境があって引き金があって事件が起きました、という単純な計算式には成り得ぬものではないかと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とは言え「心の闇」は決して悪役ではなくて、むしろ人間の存在を人間足らしめるその半身ですから、「心の光」に勝るとも劣らない、大事な何かだとは思うのですが。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/1hWzUVCw4xrUI5eaar3xMkQWH1g/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/1hWzUVCw4xrUI5eaar3xMkQWH1g/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=5Blb6ZyR"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=MYi2ufyo"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/M4gf9SO3G9w/003114.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/003114.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">三国志</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">王欣太</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">蒼天航路</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">道教</category>
        
         <pubDate>Fri, 07 Nov 2008 14:21:55 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/003114.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>Don't Be Evil [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;「Don't Be Evil」、すなわち「邪悪になるな」というのがGoogleのモットーだそうです。当たり前のことのようで、しかしGoogleのユニークネスを際立たせている一言だと思うのですが、僕にとっては非常に腑に落ちる言葉で、それはこれまで幾人もの人に言われてきたことの延長線上に「Don't Be Evil」という言葉もあったからなのだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宮本武蔵は皆さんご存知でしょう。歴史に名を馳せる怪人で、吉川英治氏が小説化し、井上雄彦氏が漫画化した、言わば剣豪という偶像の代表例が、宮本武蔵ではないかと思います。僕の師匠は変わった人で、よく古典を引用に僕に諫言してくれたのですが、よく引き合いに出されていたなあと記憶しているのが、『聖書』と「シェイクスピア」と『五輪書』でした（という取り合わせがかなりユニークですよね）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宮本武蔵は「負ける可能性がある相手とは決して戦わなかった」、とされていますが、これは解釈を変えれば「戦わなければ負けない」わけで、孫子は「戦わずして勝つ」とも言っています。必ずしも「戦うことが是」ではないのです。学生時代、死ぬほど忙しかったですが、興味は会社を大きくすることではなくて、仕事を練磨することに（それはもう徹底的に）向いていた感じで、あんまりギラギラしない今のワークスタイルに繋がっているような気もします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;祖父は80歳過ぎまで仕事をしていました。今でも家には電話、FAX、来客耐えないらしいですが、営業としてかなり辣腕を奮っていたらしく、僕はそれこういう仕事をしていますので、祖父とは業界が違い、祖父からしてみればよくわからんなあという部分が多いのですが、ことに客商売という部分、営業ということに関しては色々話を聞かせてくれます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;繰り返し言われるのが「敵を作るな、人に好かれろ、喧嘩をするな」ということです。何か至極当たり前のことですよね。でもこれ多分非常に営業の仕事に肝心なことで、幼い頃から見ていた祖父はまさしくそういう人で、切った貼ったは当然仕事している限りあるわけだけれど、今も顔が広くて慕われているというのは、とどのつまりそういうところによるんだろうと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以前BrandYou.jpに「&lt;a href="http://www.brandyou.jp/archives/001972.php"&gt;人は城、人は石垣、人は堀、情は味方、仇は敵也&lt;/a&gt;」という記事を書きました。特に「情は味方、仇は敵也」というところがこの話には肝心で、勝ち負けではなく、そもそも「戦わない」「戦わなくて良い」状態を作ること、そのことこそが最強ということではないかと結論付けました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;挑戦とか競争とか開拓は勿論大事です。フロンティアスピリッツなくして、仕事なぞ楽しめないと思います。ただことに人を相手にするのがビジネスですから、人付き合いには繊細な神経を働かせないといけないと思います。その上でできる限り「敵を作るな、人に好かれろ、喧嘩をするな」というのは守らないといけないと思っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ビジネスだから割り切りが大事だという意見も大いにわかる話ではあるのですが、一方で人付き合いということで考えると、言わば「人付き合いの債務」みたいなものが割り切ることでどんどん溜まっていって、債務超過を起こすと切れる仁義も切れなくなると思います。これは困ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「Don't Be Evil」を社訓にするというのは、間違った争いをしないための知恵なのではないかと捉えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/d7TcGpGzTTyiC0pckiuZOP8FrjM/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/d7TcGpGzTTyiC0pckiuZOP8FrjM/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=Z2nkBXlL"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=xiVaSIzh"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/3IZVb8m7GoA/003102.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/003102.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">BrandYou.jp</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Google</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">シェイクスピア</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">五輪書</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">井上雄彦</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">吉川英治</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">孫子</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">宮本武蔵</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">聖書</category>
        
         <pubDate>Mon, 03 Nov 2008 21:22:44 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/003102.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>お墨付きの功罪 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;「宮内庁御用達」なんて言葉が今の世の中でどれくらいのブランド感があるのかわかりませんが、「モノの価値」をできるだけ客観的に捉えるために評価ということが行われ、それによってグレードがついて、値段や希少性というところに反映されます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ビジネスにおいて評価というのは、古い言葉を持ち出しますが、PDCAサイクル = Plan Do Check Actの後ろから2番目というわけで、なかなか微妙なポジショニングにあります。けれども、今の世の中、実は「C」の「Check」こそが非常に重要な意味性を持っているように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;食品偽装の問題が今もなお世を騒がせ、食の安全の神話は完全に崩壊しています。サブプライム問題も、Rating Agencyがいい加減な格付けをしたことに端を発しているようにも思います。はっきり言って詐欺に近い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;法律的に、もしくは計算式的に正しくても、そもそもが問題を未然にフィルタリングするための「評価」なわけですから、そこをすり抜けてきたものが実体経済に大きな悪影響を与えたのであれば、いくらシステム的に正しく業務を行っていたと主張しても、裁かれて然るべきで、大体システムは人が運用して初めて稼動する仕組みですから、システムが悪いなんてのはとどのつまり言い逃れでしかないと思うのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思い起こせば耐震偽装の問題が発覚した時も、評価システムのことが問題になりました。確かに評価の制度的に様々な問題を孕んでいたようでした。けれどもそれで耐震偽装のそもそもの問題が解決されるわけではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今の世の中には驚くべきほどの「ラベル」があって、鮭だったら北海道産とかアラスカ産とかロシア産とかあるわけですが、その信憑性の全くない情報を以って、我々は判断をせざるを得ないわけです。デザインだって、商業社会において一翼を担っているわけで、我々だけが蚊帳の外を気取っているのも問題であろうし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;お墨付きというのは世の中をわかりやすくしてくれていると思います。ただ本来的に世の中はそんなにわかりやすいものではありません。お墨付き、即ち評価ということに確かな信憑性が確保できなければ、情報化社会はますますこの混沌を加速し、安心とは程遠い世の中に突き進むように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/8QoNlqDLgK6cNAjelHODEFhHR_0/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/8QoNlqDLgK6cNAjelHODEFhHR_0/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=7P21NVAW"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=IE94bkg0"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/QgH34djCcTk/003092.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/003092.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">PDCA</category>
        
         <pubDate>Tue, 28 Oct 2008 15:22:00 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/003092.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>臆病という剣 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;どうやら世界がパニックを起こしているようです。「経済」とか「金融」ということは、メディアからの情報を咀嚼して偶像を思い浮かべるしかないのですが、「政治」はなかなかリーダーシップを発揮し得ていませんし、「社会」には不穏な空気が蔓延しています。電光掲示板の数字を追いかけているだけで「世界」は決まらない、と思いたいわけですが、数字が如実に与えるインパクトというのは大きい。大暴落とか急反発とか毎日メールが届くたびに、何か腰が砕ける感じがします。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;株価も為替もまずいことになっていて、世界同時不況の入り口だって聞きますし、海の向こうでは国家破綻なんて言ってますし、日本企業はまだマシとか言われてますが景気に煽られやすい業界は倒産に拍車かかってますし、大企業も営業益が半分とか、どうにもテレビに出てくるアナリストの声が希望的解釈にしか聞こえず、かく言う僕にもどういう余波があるのかびくびくしております（以上、EUREKA「&lt;a href="http://www.experience-transporters.com/kosuk/"&gt;そろそろ不況について語ってみる&lt;/a&gt;」より抜粋）。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;そうなんです、びくびくしているんです。実は今までの10年で、仕事が景気に左右された、という実感はほとんどないのですが、今回はちょっと毛色が違うのではないかと心配しています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;基本的にキャッシュフローだと思うんですよね。下請け企業はピラミッドの上が潰れればキャッシュが止まって崩落しますし、外資の企業だって本国で資金繰りがうまくいかなければ日本法人への要求が変わってきますし。貸し渋りや貸し剥がしが始まっているとも聞きますし、現時点では僕の仕事に直接影響は無いと言っていいと思いますが、今後のことを考えると、僕の仕事は中小企業の方々がメインですから、色々変化は受けざるを得ないでしょう。これはちょっと覚悟を決めなきゃいけない。アゲインストには臆病なくらいでいいと思う。ただ船は横波食らうと転覆しますから、錨を下ろして漂泊するにしても、しっかり前を向いてないといけない。（以上、EUREKA「&lt;a href="http://www.experience-transporters.com/kosuk/"&gt;そろそろ不況について語ってみる&lt;/a&gt;」より抜粋）。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;お金が流れていないというのは単に金融の世界に留まる問題ではありません。流れがどこかで堰き止められれば、当然資金が枯渇しますし、そこで上層の企業が立ち行かなくなれば、支流で潤っている下層の企業は共倒れです。フラット化というのはあくまで大きな視点に立った話であって（マーケットがグローバル化したツケが世界同時不況ということにもなっているわけですが）、各業界には旧態型のピラミッド構造が多くあり、資金の供給がストップするとピラミッド全体が崩落するわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;駅前のマンションの工事の進行が急に遅くなったんじゃないかとか、そういう要らぬ心配まで働いてしまうという現状です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とは言え、注意力を散漫にしているよりは、こういう時こそ神経をちと研ぎ澄まして明日明後日の危機に対して想像力を働かせていた方がいいと思うのです。一日一日の触れ幅に一喜一憂しようということではありません。精神的に苛まれてしまっては元も子もありません。ただ常にワーストケースに目を向けて、「底なし」と言われる状況を何とか定義して「底」を見つけて整理しないと、何かある時に本来の力を冷静に発揮できないように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;別にこの機に乗じて「勝ち組」に居残るなんてアメリカ的発想は僕には必要ないと思います。今振りかざすべきは臆病という名の剣で、当たり前のことを当たり前に続けていくための注意力と想像力を常時働かせておくことが、荒波に圧潰されないための現時点での唯一の処方箋のように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;きっと対処療法だけじゃ立ち行かなくなる、そんな危惧があるのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/ZXzOqyPWvGwn7oNLT_-t6YFtoRA/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/ZXzOqyPWvGwn7oNLT_-t6YFtoRA/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=qGO5zmcc"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=64y3kLyP"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/gvokKtN5sXE/003091.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/003091.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 28 Oct 2008 14:40:44 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/003091.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>「わかんないけど」が口癖です [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;そんなんでよく営業とかできますね、という話なのですが、客先ではともかく、友人知人、先輩後輩と話している時に、どうやら僕はよくよく「わかんないけど」ということを発言の枕詞に使います。聞いている方は随分と心許ない印象を受けるのではないかと思うわけですが、今日は弁解させてください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;別に自分に自信がないわけではないのです（とっても自信があるわけでもないですが）。ただ僕は性格的に自分のできないことを分析したり評価したり批評するのは存外不得意というか不得手のようでして（理解する努力はしますよ）。自分ができることに関してはまだしも、そもそも自分ができないことを論じるに足る能力があるのか？論じるに足る意味はあるのか？という原則論になってしまうのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういや、「10年同じことを続けるまで、偉そうに語るな」というフレーズも影響しているのかも知れない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、それは僕の理解の範疇でないぞ、と身体が違和感を覚えた時に、口からこぼれてしまうのが「わかんないけど」なんです。酒の席なぞ、とは言え、言いたいことは山ほど出てくるので、結果、「わかんないけど」の速射砲になっちゃうんですね。ガトリング砲みたいなイメージでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この世の森羅万象、世界のありとあらゆることを理解する、それはそれ理想にもならない話なのだけれども、実際のところは駅前の本屋に並んでるだけの書籍ですら、多分一生かけても僕は征服できないわけで、僕にとって本屋って自分という世界の矮小さを痛感させられる場所だったりもします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで人間は取捨選択ということをするわけですが、多くの場合、取捨選択って消去法です。捨てていく。自分に価値がありそうなもの、とか興味を惹くもの、とか言えば聞こえはいいのですが、理解するという力の範疇の外にあるものを捨てていく、というのが本質だと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;きっと子供と大人の違いってそういうところにあるのではないかとも思うわけです。大人は理解する力の範疇というものを自ら規定している生き物なのではないかと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕もそれなりに大人ですから、理解する範疇というものの規定があって、しかも自分ができること以上のことに、偉そうなことを言っていいのかという疑念が常に頭を過ぎるわけだから、僕の世界はIt's A Small Worldなんですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ですから昨日露呈したわかんないけどを今日中にわかるようにしておきたい、それが日々是勉強、ということでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;久し振りに師匠に連絡を取ってみたら、やはり、というべきか、また新しい領域に触手を伸ばしておられて、お互い日々勉強ですな、とおっしゃっていたのが心に残りました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「わかんないけど」を減らす努力、即ち勉強は、理解の範疇を広げる作業なのでしょう。理解できることが増えるということには無条件に幸せを感じます。ただ、「STOP！わかんないけど」というようなキャンペーンを打つ話でもないので、50代60代になった頃に僕の口から「わかんないけど」が自然と少なくなってればいい、というくらいの心持です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/AuV2ht-jhMyqx9eizyYhnXV0Cnw/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/AuV2ht-jhMyqx9eizyYhnXV0Cnw/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=VyGaA0E6"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=EFbMWnNJ"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/YqRQQkzrWds/003066.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/003066.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 16 Oct 2008 21:55:34 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/003066.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>八百屋、魚屋、デザイン屋 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;先日、&lt;a href="http://www.experience-transporters.com/"&gt;エクスペリエンス・トランスポーターズ&lt;/a&gt;のWEBサイトをリニューアルしまして、日頃お世話になっている方にメールをお送りさせていただきました。僕としては、今回のリニューアルで、加藤康祐が「一体何者なのか？」「一体何ができるのか？」ということをサービス内容と制作実績を絡めることで明示的にしようと思ったのですが、懇意にして下さる会社の社長さんに「加藤君の職種がイマイチわからないので、今度話を聞かせて欲しい」というご連絡をいただきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「意図した狙いが達成できてないじゃん！」と反省しつつ、業務は色々並べてある割に、肩書きはプランナーとなっており、職種がプランナーというのはその実、「何も言ってない」のと同じというか、ちょっとフリーランサーとして掴みどころがない話だよなと思いました。プランナーと名刺に書いておくこと自体は気に入っているのですが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも、職種に当てはめやすい業態をとってない、というのが僕の現状ではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「八百屋、魚屋、デザイン屋」です。僕はよく自分の説明をする時に、特に「加藤って社長でしょ？」という妙な誤解を解くために、「八百屋、魚屋、デザイン屋」という話をします。デザイン事務所の卵みたいな捉え方をされるよりは、八百屋さんや魚屋さんの仲間だと思っていただいた方が話が早いと思うのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一番、わかりやすいのは魚屋さんではないかと思うのですが、仕入れがあって、調理があって、販売があって、時には営業や配達もあって、当然、会計というか経理もあると。魚屋さんの仕事は「調達部」でも「調理師」でも「販売職」でも「営業職」でも「経理部」でもなくて「魚屋さん」ですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕の仕事も全く同様で、営業があって、企画があって、設計があって、デザインがあって、制作があって、運用があって、経理もある。ですからそれを、「コンサルタント」とか「プロデューサー」とか「ディレクター」とか「プランナー」とか「デザイナー」とかで区切るより、「デザイン屋」として理解してもらう方が正しい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、名刺なぞに「デザイン屋」と書いちゃうとちょっと唐突過ぎる感じがするのと、字面が芋臭いので（事実は字面の通りなのだけれども）、あまり呼称により仕事が規定されなそうな印象の便利ワードとして、「プランナー」としているわけなのです（この辺のことは「&lt;a href="http://www.kosukekato.com/archives/002753.php"&gt;ダブルメジャー&lt;/a&gt;」という記事にも違う視点で書いてあります）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;デザインやっている人に、「僕は顧客の御用聞きです」なんて言うと叱られるのですが、小回りが効く僕のような業態、すなわち「デザイン屋」であればこそ出せる「いくつかのこと」というのはあるように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;高度に発達した現代社会において、僕の業態というのは非常にプリミティブな様式だと思うのですが、そうであるがゆえに、「仕事は楽しい」という原体験の純粋さを単純化して保っていられるのかなとも思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/Pzo-nVjnovMMAanMTOe6r-KtKys/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/Pzo-nVjnovMMAanMTOe6r-KtKys/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=jtOzfowl"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=mQdc7MBH"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/6UlkwOX4T4Q/003060.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/003060.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">エクスペリエンス・トランスポーターズ</category>
        
         <pubDate>Tue, 14 Oct 2008 12:03:31 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/003060.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>私的TE・N・KAI考 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;「コペルニクス的転回」という言葉がありますね。僕がこの言葉を知ったのは、耐震偽装問題でヒューザー小嶋進氏を横浜市長の中田宏氏が評して「コペルニクス的バカ」とメディアからの質問に答えたのがきっかけだったのですけれども。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;コペルニクス的転回というのはImmanuel Kantが自分の哲学を、地球中心説に対して太陽中心説を主張したNicolaus Copernicusに準えて評した言葉だそうです。僕が丁度大学生時代によく好んで教授が使っていた「パラダイムシフト」という言葉にも近しいのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕は割と本を読む方なのですが、その割にクオートと言うか、誰それが「なになに」と言っていた引用ができません。本を読んでも、ほとんど諳んじている文言なぞありません。そういう意味である種マクロ的な読み方をしていて、それは物語や論理の「展開」を楽しむことに終始している、と言っていいのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先日、伊坂幸太郎氏の『魔王』という小説を読みました。通常の物語は起承転結で構成されるのがセオリーですが、『魔王』は物語が展開し終わったところで話が終わってしまいます。言わば「収束」せず「結末」がない、という状態。伊坂幸太郎氏の作品に限らず、僕が好む、例えば恩田陸氏なども、ミステリーに必要な謎解きが完遂されない、という作品がしばしば見受けられます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういう作品は何を以って評価されているかと言えば、物語や論理の展開ではないですかね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よく異業種で酒を飲む時に、自分の土俵でのみ話をする人は勿体無いと思います。自分の土俵だけでなく、話し相手や第三者の土俵に話を「展開」できる人が、面白い人なのではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;建築に関しては素人なのであれですが、Antoni Gaudiという人の建造物は、全体像を規定して始めたのではなく、何だかこう次々と湧き出てくる「展開」の連鎖で形作られている気がして、故に人工物でありながら、あたかも生命体のような、躍動感とユニークさがあるのではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;突飛であればいいというわけではありません。最終的に、「楽しい」とか「美しい」とか「ためになる」とか色々目的とするものはあるでしょうから、しかしゴールを目指す道のりで、いかに聴衆を飽きさせず物語を「展開」し、聴衆の価値観を「転回」できるかというのが焦点のように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;物語というのは、普通に語れば非常に味気ないものだと思います。「今日、朝顔を、植えました」では、幼稚園生の絵日記ならまだ愛らしいですが、一般的には無味乾燥という評価でしょう。そこを補うために文体やディテールやレトリックがあるわけですが、僕が何より大事だと思うのは「展開」です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大きな展開の中に、無数の小さな展開があります。小説を読んでいて、キャラクターの名台詞に心打たれる人もおりましょうが、ことに僕が惹かれるのは会話の展開という、言わば「流れているという構成」であったりします。そういうものが折り重なって、つまり展開の連鎖が物語ということができるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;名台詞が無くとも、名シーンが無くとも、展開が飽きさせなければ、人の価値観を転回させる作品は成立し得る、という意味で展開力というのは大事だと思います。小説に限らず、ビジネスでも、アートでも、ファッションでも、メディアでもそうだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;むしろ「現代」ということの大きな意味は、展開にこそある、と言い切っていいと思っているくらいです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/3jLQBpF6psmk5celrjQzVFc60Lk/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/3jLQBpF6psmk5celrjQzVFc60Lk/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=MCxg0MIU"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=MIWy3gnJ"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/3eO8N6UQKVY/002979.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/002979.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Antoni Gaudi</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Immanuel Kant</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Nicolaus Copernicus</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">伊坂幸太郎</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">恩田陸</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">魔王</category>
        
         <pubDate>Wed, 24 Sep 2008 22:49:06 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/002979.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>To Be Classic [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;伊部に行ったのはまだ2度切りですが、非常に心が休まるいい所です。先輩が大学を卒業して地元に帰ったのもわかる気がします。穏やかな時間が流れ、山川の自然に恵まれ、そして何より厳かで温かい人の営みがある。十年後、数十年後に至っても、継続して訪れたい、そんな場所です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;雄大な自然、というのも魅力的ですが、伊部に行くのがただ観光地を訪れるのと確実に違うのは、厳かで温かい人の営みがある、というところにつきます。土地でとれたものを使い、伝統・信仰を守り、受け継ぎ、育てていく。決して懐古趣味なのではなく、ただただ今を真摯に生きる。そういう人の在り様というのは美しい。芸術に生きるということは美しい、だなんてこの年になって初めて感じました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とは言え、「弟子にしてくれ！」という台詞だけは勘弁してくれときつく言われておるので、僕は僕の道を生きるための営みを探したいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「Classic」という言葉があります。日本語では古典的と訳されるようです。ただこの言葉の本来的な意味は違って、「最良の」「最上の」ということだとか。つまり、人の営みという大きな流れの中で（しばしばそれは歴史です）、「最良の」「最上の」ものを「Classic」というんだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何で今の時代にあっても音楽専攻の人の多くが「クラシック」を学ぶのか頷けます。それは決して黴臭い精神ではなく、歴史が認めた最も価値あるとされるものをまず学ぶ、それをベースに応用を組み立てる、という姿勢なのだと思います。ダンスも基本はバレエだなんて話を聞いたこともあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ご存知の通りデザインの歴史はたかだか100年です。WEBの歴史は20年くらいでしょう。そういう業界だから「State of Art」であるとか、「Brand New」であるとかいう言葉が躍りますけど、それだけじゃない世界もあるように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と言うか、目指すべきものが「State of Art」や「Brand New」だと、ちょっと勇み足過ぎるのかなと言う気がしたのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな時に浮かんだフレーズが「To Be Classic」です。今やっていることは、1000年経ったからと言って「Classic」と呼ばれるかはわかりません。「Classic」は唯の古典という意味ではないわけですから。そんなことを考えると、「To Be Classic」、1000年後の「Classic」を目指すこと、というのは途方も無い野望として、胸に秘めておいてもいいのかなと思うのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;学生時代、夢は「人間国宝になること」と言っていた女の子がいました。僕はこの台詞を聞いた時に「生き仏」という言葉を想起しましたね。非常にわかりやすい、でも行き着くところまで行かないと、どうなることやらわからない、ただ遠い遠い目標として、ですから夢として、胸に秘めるには、自分の人生と言うものをしばしば俯瞰できるという意味でも価値があるのではないかと思うのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;勿論、若輩者が1000年後の普遍性を今の時点で見極めて選り分けるなんてことは不可能ですし、おこがましいですが、そういう見方でいっちょ一年仕事に臨んでみたら、また違う世界が見えてくる、そんな実験の言わば主題がどうやら来年は「To Be Classic」になりそうです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/ExrWO6_QeMYLU1w4lTtIxVPawAM/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/ExrWO6_QeMYLU1w4lTtIxVPawAM/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=CLscay59"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=WvbOj3sk"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/tg6X37Xz6R4/002971.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/002971.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">人間国宝</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">伊部</category>
        
         <pubDate>Sat, 20 Sep 2008 23:39:34 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/002971.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>ネットで買う [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;山奥住まいの物臭太郎なので、オンラインショッピングをかなり利用します。1週間に一度はAmazonの小包がやってきますし、楽天のゴールド会員ですし、iTMSで毎週水曜日に新譜を見るのが習慣になっています。運送会社のお兄さんには大抵「いつもありがとうございます」と言われます。最近では番地の記入が無いのに、「いつものあの家だろう」というわけで、届け物が届いてしまった始末。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕も一昔前はネットショッピングなんておっかなくて使えない、という心持の時代がありました。デビューして5年くらいなのでしょうか。今ではすっかりネットショッパー。服も本も音楽も文房具も電化製品も食べ物も、ネットで全く買ったことがない、というものを探す方が難しいくらいです。ああでも、そういやネットオークションは全くやらなくなったな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;送料かかるとは言え、駅までバスで往復したらそれに近い金額かかってしまいますし、Amazonプライムに契約しているので、Amazonは新書一冊とか言う単位で気軽に頼めます。楽天なぞはどの店で買ってもポイントが溜まるので、メルマガにはウンザリですが、お得感はありますね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とは言え、コツと言いますか使い方はリアルを補完するものという気もします。例えば、店頭にサイズの在庫がなかったものをネットで注文するとか、大きな写真集を洋書屋で目星を付けておいてネットでまとめて配送してもらうとか、雑誌で気になったものを検索してみてそのまま買っちゃったとか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;逆に言うとネットで「さて、自分の気に入るものを探そう」と一から始めるのは結構コストのかかることです。ある程度欲しいものがはっきりしていれば別ですが、予備知識無しで始めると、そこに経験則としての審美眼が伴わない状態で始まるので、東急ハンズなぞで探した方が、目利きがある分、早かったりもします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;雑誌でセレクトショップの人がインターネットのショップと差別化しなければいけない、というような話をしていました。人気のある商品を陳列するだけなら、有名なブランドの商品を仕入れできさえすれば、名高いセレクトショップもインターネットのショップも大して変わらないわけで、独自性の訴求をこれまで以上にやらなければならないと。確かに節操ない品揃えのネットショップもたまに見かけますもの。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、今の若い人は、「アナタはこれを着てれば間違いない」というようなレコメンドはあまり好まないみたいですね。以前、後輩に話を聴いたところ、ショップの店員の応対が煩わしいから、買い物はイヤホンをつけていく、なんて言ってました。自分が得た情報で、自分で判断して、自分で買いたい・スタイリングしたい、ということなんでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;AmazonやらiTMSでレコメンドされるのには、全然抵抗ないみたいなんですが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕は割と店員さんと仲良くするのは好きで、アメカジ系のカジュアルショップばかりなのだけど、与太話をしによく立ち寄ります。10回行って1回買うくらいの感じですけど、僕のライフスタイルやワークスタイルをよく知っているので、「ああ、やっぱりこれ買うんだ」みたいなのはあるみたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;親の友人は着物をネットで買っているそう。着物なんて一点物だし、単価がべらぼうなので、ネットで売るには適さない商材のように思えるのですが、試着して気に入らなければ返送すれば良いだけなのであまり抵抗がないのだそうです。そもそも着物の販売なんて言うのは、送迎付きで展示会に招待して、ランチなんかもご馳走した挙句、粗品まで配って何人かに買ってもらえれば嬉しいなという世界だそうなので、コスト圧縮できるWEB経由の販売は魅力的なのだろうし、生活者にとっても「見る目」を持っている人であれば「ウェブ特価」で手に入るので（着物って値段があってないようなものみたいだし）、実はWin-Winな関係があるようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;着物の話とかで思うのは、ネットは生活者というか消費者として、消費行動に成熟した人ほど、有効に活用できるだろうなあということです。消費行動に成熟することがそもそも良いのかどうかという疑問も当然あるわけですが、購買活動ということに関わる様々なコストを圧縮して、買い手も売り手も満足できる関係性が築ければ、それはそれで良い傾向だなあと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、誤解しないでいただきたいのは、ネットショップというだけでコスト圧縮できるわけではありません。ネットショップはむしろ意外とコストかかりますし、採算とるのも大変です。軌道に乗せるまでは、リアルより「地の理」がない分、「投資」で補わなければいけない部分が多く、茨の道かも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;楽天市場にアクセスすると「Shopping Is Entertainment」とタイトルが出てきますが、「Shopping」から「Entertainment」ということを一番削って成功しているのは楽天市場、という気もしますね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/DEBbwhPsrmJHqHM6TA9TAleiS9A/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/DEBbwhPsrmJHqHM6TA9TAleiS9A/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=jQYZFvaa"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=IkUkdfc8"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/SMtktx5PcQI/002942.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/002942.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Amazon</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">iTMS</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">楽天市場</category>
        
         <pubDate>Wed, 10 Sep 2008 16:55:27 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/002942.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>ユーザエクスペリエンス [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;最近、よく聞くのは「ユーザエクスペリエンスを設計する」というフレーズですが、これってなかなかピンと来ません。環境も性格も心理も体調も色々な要因があって人間の行動は決まるわけで、ユーザエクスペリエンスを設計すると言いつつも、何か違うものを設計しているような気がします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;浜崎あゆみがデジカメ使ってたり、エビちゃんがハンバーガー食べてたり、というイメージを消費者に宛がうということは、ユーザエクスペリエンスを提案していることにはならないと思うし、昔から綿々とマス広告がやってきたやり方ですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;犬のトレーナーというのは「動物行動学」という学問を学ぶそうです。動物の行動を類型化し把握する。じゃあ、「人間行動学」を修めることがユーザエクスペリエンスの設計に繋がるというと、なるほど確かに心理学や人間行動学はマーケティングの大事なサポーティングパラグラフだったりします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Android携帯がいよいよ登場というニュースを見て、日本のメーカーがここで革新的な端末を出せるかどうかが、iPhoneに話題を持っていかれた日本市場のこれからの試金石ではないか、というようなコメントをしたら、知人に「革新を起こすのは端末ではないと思います」と言われました。確かにそうかも知れない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ソフトウェアとミドルウェアとハードウェアというのはサービス提供側のロジックで、ユーザ中心で考えた場合は、それらは全てツールというひとくくりなのかも知れません。人がツールを使って何をするかと言えば、そうか「行動」だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;エモーショナルマーケティングとか、五感に訴えるマーケティングとかいう言葉もありますが、作り手の立場からユーザの感情を規定するというのは違和感があります。ただ、提供したツールで具体的にユーザがどういったアクションを行うのか、そのフローを想起する努力はできますね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただそれもペルソナみたいに、ケーススタディ的にシミュレートするだけではなくて（あれってとっても希望的観測ですよね）、例えばGmailが社内で散々試用期間を経た後にサービスのアップグレードがあるように、テストあるのみなのかも知れない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人がいて、アクションがあり、そのためのツールがあり、そこに至るまでのフローがあり、それを総じてエクスペリエンスと言っているのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;巡り巡ると、そもそもエクスペリエンス・トランスポーターズって屋号に込めた意味合いって、今日的な言葉で言うところの「ユーザエクスペリエンスを設計する」ってことに他ならないのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「経験過多の時代」に、よりヴィヴィッドで、より良質の、他に抜きん出た経験をご提供することを目指して、エクスペリエンス・トランスポーターズは活動しています。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;とここまで噛み砕いてみると、「ユーザエクスペリエンスを設計する」というのは意外と腑に落ちるフレーズなのかも知れないなあと。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/9vBn0wBf7NnuSjVhmD-1KSZvVNQ/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/9vBn0wBf7NnuSjVhmD-1KSZvVNQ/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=OCTHGBON"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=Ddq3ZIlo"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/LXzI9pixWb4/002901.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/002901.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Android</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">iPhone</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">エクスペリエンス・トランスポーターズ</category>
        
         <pubDate>Thu, 28 Aug 2008 00:14:05 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/002901.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>否、否、否 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;「いな・いな・いな」とでも読んでください。このブログでは「批評」ということをちょくちょく扱いますが（僕が批評家としての小林秀雄氏を好いておるので）、今日は「批評」じゃなくて、ちょっと「否定」ということに触手を伸ばしてみたいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕はそれほどのオプティミストではないですし、所謂頑固な性分ですから、好きと嫌いの区別もありますし、言わなくていいことは言わなくて良いと思いますが、言わなきゃいけないことは言わないといけないと思いますし（前置きが長いですね）、けれども否定することって実に勇気もパワーもいることではないかなあと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あんまり人に嫌がられることは言いたくないですもの（誰しもそうだとは思うのだけれども）。そういうこともあって、カジュアルな否定とか存在し得ないのです。「ちょっと違うと思うよ」とか、「何か違うんじゃないか」とか。基本的に「いいじゃん、いいじゃん」と相槌打っていたいので、否定をするのであれば、結構徹底的に否定してしまう気がします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「労苦を伴わない否定」というのは僕がこの世の中で一番好きではないことの一つでして、否定ってことでダメージを受ける人がいるんだから、投げ手にもそれなりの労苦が伴わないとトレードオフじゃないと思うわけです。余計なことは言いたくない性分ですから、言わないといけないという判断を下せるまでは思い悩まなければいけないのではないかと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;物事を肯定するだけで進んで行く世界なんてちゃんちゃらおかしいですが、かと言って自分の価値尺度の範囲だけですぐに物事を否定できる世界ってのは殺伐としすぎている気がするわけで。逆説的に言えば「否定」ってことは肝であり、物事を肯定的に捉えようとすればするほど実はその重みは増してくるもののようにも思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なので、「否、否、否」、間違っていると思っても、肯定を試みて、それでも間違っているという判断であれば、初めて「否」と「定める」、即ち「否定」するという論理構造があってもいいのではないかと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;世の中、瞬時に白黒つけなきゃいけない仕事の人も立場の人もおりますし、判断に時間をかけることがコストと考える向きもそりゃ当然あるのだろうけれども、価値観として立ち位置として、否定するってことの立場は凄い重いと感じます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ僕を否定してくれる人はとても貴重な栄養源なのでそれは全然有難いことですし、脈絡もない否定をするような人とは付き合っていないので、常にそこには何かが満たないことへの反省と、言わせるまでに至らせてしまった自戒があるわけで、建設的な経験だろうと思うのだけれども。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「もう恋なんてしないなんて、言わないよ絶対」宜しく、二重否定＝強い肯定でおさまってくれるのが一番いいんですけどね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/2s5LD_5WazVfbxYN6ZleqYxZkpY/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/2s5LD_5WazVfbxYN6ZleqYxZkpY/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=1nJncZK0"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=Tg3SuRAp"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/vuCR2Q47lEY/002900.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/002900.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">小林秀雄</category>
        
         <pubDate>Wed, 27 Aug 2008 21:30:32 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/002900.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>成功と失敗の連鎖と集積としての「原型」 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;早くも「型」の語らいが盛り上がってまいりました。いつもは書きっ放しな僕ですが、連鎖反応的に議論が醸成されるのを眺めつつ、茶々入れながら考えを膨らませるというのはとても愉快です。知的な遊びと言いましょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;環境ということを一つの「型」として捉えた時に思い出したのが、以前、J-WaveのLOHAS TALKをPodcastで聴いた時に、桐蔭横浜大学の涌井史郎氏が仰っていた、「景観10年、風景100年、風土1000年」という言葉でした。涌井氏の専門は造園、今風に言うところのランドスケープデザインというようなことだと思うのですが、時系列において「型」のアップデートが行われているということが読み取れます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日本の伝統芸能というのは、その根本に他者とのコミュニケーションということがあるのだと。それだからこそ、「型」が重要視される。ではそれが綿々と受け継がれるにはどういう理由があるのか。型を生み出した言わば「原型」なるものがあるのであろうという議論になりまして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この「原型」、僕は成功体験と失敗体験の連鎖と集積なのではないかと思うのです。平たく言えばトライ＆エラーです。平家物語は多くの琵琶法師が語り継ぐことによって洗練されて来たと言われます。日本のその他の伝統芸能もそう。「一期一会」を日々繰り返し研鑽し、その上でそのコミュニケーションの出来、不出来から学習し、フィードバックとして「型」がこれからあるべき姿へと還元する。そういう「型」を取り巻くエコシステムがあるのではないかと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「型」は「普遍」を目指すが、「不変」ではないという言い方もできるのではないかと思います。大きな時間軸で見ると緩やかな変化なのかもしれませんが、しかし点で見ると確かにそこには「型」を守りかつ育てるための仕組みがある。朽ち果てないための弛まぬ努力があるはずです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その上で、そうした型を受け継いでいく最初の方法は「真似」ですよね。以前、「&lt;a href="http://www.kosukekato.com/archives/002200.php"&gt;女性的なもの&lt;/a&gt;」という記事で、小学生の時に好きな字を書く女の子の字をただひたすら真似ていたなどという逸話を書きましたが、きっと彼女は習字にも通っていたのだろうし、当時から物臭だった僕と違って漢字ドリルも真面目にやっていたのでしょう。僕はその成果物を覗き見してなぞっていたわけで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;文字というのは文章とか文体とか言葉とかいうものが一番ブレイクダウンされた要素なわけで、ある意味真似やすいですが（本質的にはもっと奥が深いのやも知れませんが）、もう少し門下がいるとそういうわけにもいかなくなる。もっと大きな塊として思想や思考を体系化してまとめておかないと、なかなかに受け継いでいくことはできない。もしくは、成功体験や失敗体験を並べ立てても気の遠くなるようなコミュニケーションになってしまうから、マインドセットを整理して構造化して整頓する。その発露が「ルール」という制約なのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今面白法人カヤックの柳澤大輔氏の『この「社則」、効果あり。』という著作を読み始めたのですが、あるべき方向へ法人という人格の「型」を伸張するためのルール作りなのかも知れません。極めてユニークな社則（例えばカヤックのサイコロ給など）の向こう側には目指すべき何かがきっとあるのでしょうし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;じゃあ、型が「自分ルール」的なものなのかというと、それも含まれるがそれだけじゃない、自分を含む、人間を育てるためのシステム、フレームワークのようなもの、という前半の論点に戻ってくるのだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何はともあれ、スタイルとかテイストとか言わずに、「型」と言い切ったほうが、チャラチャラしてなく良い、しかもそいつはなかなかに手強そうで楽しそう、というのはただの僕の嗜好性の問題でしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/DMYhTY1eCVzGHfhentoMFhb_gkI/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/DMYhTY1eCVzGHfhentoMFhb_gkI/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=Ys3HWvk9"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=mIf94mYp"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/rUgySmrFirc/002878.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/002878.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">LOHAS TALK</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">この「社則」、効果あり。</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">型</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">平家物語</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">柳澤大輔</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">涌井史郎</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">琵琶法師</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">面白法人カヤック</category>
        
         <pubDate>Tue, 19 Aug 2008 20:38:47 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/002878.php</feedburner:origLink></item>
      
      <item>
         <title>枠と型 [kosukekato.com]</title>
         <description>&lt;p&gt;枠というのは外圧的、型というのは内在的、というようにここでは捉えています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先日、友人の取り仕切りで「型」というワークショップが始まりました。元々、「言葉のアイディアと文体スタディ」という名称だったのですが、そういうものを要約した上で、判り易く「型」という名前になりました。友人は写本をやってみようと考えているそうです。僕なんか写本と聞くと、適塾を思い出しますが、文章の韻律を体に刻むという意味で確かに有効かも知れません。かなりストイックな方法だよなあ、とは思うのだけれども。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;歌舞伎であったり、能であったり、茶道であったり、香道であったり、日本の文化では「型」というものはとかく重要視されますね。それぞれ流派があって、幾通りの型があったりするのだと思いますが、それは先達の学びのエッセンスを凝縮して身につけるという意味では、Isaac Newtonの「もし私が他の人よりも遠くを見ているとしたら、それは巨人の肩の上に立っているからだ」に近しいのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;林家三平という人は、およそそれまでの落語界の常識を覆した人らしいです。客をいじるとか、演目中に立ち上がるとか、楽器を表に出すとか、古典落語の世界でタブーとされるもろもろを全部破って、落語の「枠」を飛び越えて活躍した人です。同じく破天荒な人で僕は立川談志が好きなのですが、絶妙に話しに現代の世相を織り込んでくる、あの話術は本当に巧みです。その上で、痛快。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、「枠」というのはクリエイティビティの阻害要因かというと、一概にそうとも言えないというか、むしろ通常は大枠において、クリエイティビティの伸張を確保しているものだと思います。制約があるがゆえに、突き詰めるべきクリエイティビティの方向性が絞り込まれて、そうであるがゆえにより練磨され、研ぎ澄まされることがあるのだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう言えば、先述の友人の奥さんが戦略コンサルタントでして、チャートやコンセプトモデルやグラフを豊富に盛り込んだ、3分で経営者に意思決定をさせるための1枚企画書、というのがニューメディアというか、これまでになかったクリエイティブなフォーマットなのではないかと仰ってました。そこには、3分で意思決定させるという「枠」があり、1ページで最低限必要なものを最大限伝え尽くすという「型」があるわけですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;デザインの世界にも「枠」と「型」があるのだと思います。ただ一流になると「型」が「枠」を規定するという逆転現象がしばしば起こっている気もします。深澤直人氏とか佐藤可士和氏が手掛けたものというのは、言われてみればその人の作品だと納得が行くケースがほとんどです。佐藤雅彦氏のCMなんかもそうですね。ある程度、経験を積んで、自分の作風が世間的に認知されている人は、しばしば自分の「型」で、プロジェクトの「枠」をコントロールすることができるようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういう意味では、Bauhausが確立したデザインの概念も、IDEOが築き上げたメソッドも、実は「枠」に対して、それぞれの「型」であると言えるのではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;作風や思考法という表層的な部分だけじゃなくて、もう少し悠然と構えた気構えや心構え、立ち居振る舞いのあり方としての「型」、ということをしばし考えてみようと思っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href="http://feedads.googleadservices.com/~a/PAiCn1OP__UsrALwXb7QCg6TuQw/a"&gt;&lt;img src="http://feedads.googleadservices.com/~a/PAiCn1OP__UsrALwXb7QCg6TuQw/i" border="0" ismap="true"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="feedflare"&gt;
&lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=1PktiTJ5"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=95" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt; &lt;a href="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?a=eBYmbm4E"&gt;&lt;img src="http://feedproxy.google.com/~f/theideaespresso?d=98" border="0"&gt;&lt;/img&gt;&lt;/a&gt;
&lt;/div&gt;</description>
         <link>http://feedproxy.google.com/~r/theideaespresso/~3/5BcinA6qtNY/002877.php</link>
         <guid isPermaLink="false">http://www.kosukekato.com/archives/002877.php</guid>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Opinion</category>
        
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Bauhaus</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">IDEO</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">Isaac Newton</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">佐藤可士和</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">佐藤雅彦</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">型</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">深澤直人</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">立川談志</category>
        
          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">適塾</category>
        
         <pubDate>Tue, 19 Aug 2008 05:07:23 +0900</pubDate>
      <feedburner:origLink>http://www.kosukekato.com/archives/002877.php</feedburner:origLink></item>
      
   </channel>
</rss>
