プラットフォームに飽きる、とは?

Posted on | 2010/8/21 0:57:27 | View Comments

この夜更けにTLで「Platformも独占市場的になったらそのうち飽きるよ」というのがありまして、まあプラットフォームを持つこと自体が、ベースになる独占市場を作ろうとするアプローチではないかと思うのですが、けれども、「プラットフォームに飽きる」というのを考えるのはなかなか面白いんじゃないかと思いまして。

プレイヤーがプラットフォームを独占することはまずなさそう

ネットでもゲームでも音楽でもいいんですが、プラットフォームのプレイヤーがプラットフォームを独占するということはまずないのではないかと思います。ファシリテイターに取ってはtoCで売上を立てることと同じくらい、toBでプレイヤーからお金ないしそれに準じたものを吸い上げることは大事なはずなのと、そうなるとそれはそもそもがただのクローズドマーケットであるということになるので、ファシリテイターに取ってプラットフォームのプレイヤーの多様性を確保することは重要なことだと思うからです。

プラットフォームに飽きる、とは?

このフレーズが今回気になっていたわけですが、プラットフォームに飽きるというのは、「プラットフォームの更新に失敗する」ということではないかと思いました。プラットフォームの特徴の一つに「縛り」が発生するということがあると思います。一方で、プラットフォームを拡張したり、発展させるためには、プラットフォームの「更新」が必要になります。わかりやすく言うと、PS→PS2、セガサターン→ドリームキャストみたいなことですね。ただ特にハードがプラットフォームの規格になっている場合には「乗換」需要が出てくるわけですね。そうすると、今まで飽きられたプラットフォームというのは、「プラットフォームの更新に失敗した」と言えそうです。

ファシリテイターになることが一義なのか?

セガファンって確実に今もいると思うのですが、その昔はハードを盛んに作っていました。僕の世代だとセガサターンからドリームキャスト辺り。むしろセガサターンが出た頃は、まだPSの黎明期でしたし、任天堂が奮わなかった頃ですから、セガサターンが天下を取る、くらいの勢いがあったように思います。ただまあ実際はあまり奮わなかった。それで家庭用ゲーム機から撤退したわけですね。これは今考えるとプラットフォームのファシリテイターの立場を降りて、ソフトを作るプレイヤーになった、という理解ができると思います。そんなにゲーム業界に詳しいわけではないですが、プレイヤーとしてセガって今でもプレゼンスがあって、それなりにファンを抱えているのではないでしょうか。家庭用ゲーム機を作らなくなって以降も、人気を博すタイトルは輩出しているわけですし。

こうして考えると、プラットフォームが飽きられた場合に、プラットフォームを捨てる、という判断も過去にあったということになります。必ずしもファシリテイターであり続けることが、企業の成長や存続において、第一義ではないのではないかとも思います。恒久的なプラットフォームって有り得るのかと考えると、そこにはプラットフォームの更新リスクがあり、新陳代謝は何かのスパンで確実に行われるんじゃないかと思います。であれば、組織の目的に合致したプラットフォームへの関わり方というのを、ちょっと冷静に考えてみたほうがいいのかも知れません。

ゲームとかは多くの場合、ファシリテイターがプレイヤーを兼ねるケースが多くて面白いですね。iTunesとかはそうじゃないですものね。

ちなみに、さもプレイヤーとかファシリテイターとか一般ビジネス用語のように使ってますが、僕が既成の言葉を勝手にあてがっているだけでして、この辺りの役回りというか構造を僕がどう考えているかというのは、過去記事を参照いただけると良いと思います。
Platform on Platform – FreemiumとPlatformを立体的に考える」(図があります)

日本でのAndroidについて

Posted on | 2010/8/8 13:00:23 | View Comments

実は「これからはAndroidですよー」という話を1年以上前から聞いているのですが、日本で一向に盛り上がっている感じがしません。僕がiPhoneユーザだからとか、僕のTLにたまたまiPhoneユーザが多いから、ということもあるのかも知れませんが、色々なその筋の人から「これからはAndroidですよー」と聞いていた割には、という感じも否めず。

Androidに関しての考察はこちらに詳しいです。ためになります。@gamella、ありがとう。

アンドロイドの論点 : 「どうしてiモードの夏野剛氏は日本でアンドロイドが大きく普及すると考えるのか」

さて、僕はAndroidに関して、どちらかと言うと1ユーザの視点で攻めてみたいと思います。

既にiPhoneユーザはコンテンツ資産をiTunes Storeのプラットフォームの上で持っている

iPhone、つまりiTunes Storeにおけるコンテンツ資産ってiPodから音楽を引き継いで、アプリもあって、これから、Androidのプラットフォームにそっくり移行するってあまり現実的ではなくて、それはWindowsからMacに乗り換えるくらいの一大決心になっちゃってると思うのですね。iPhoneに関して言うと、契約や料金などよりも、このコンテンツ資産をiTunesのプラットフォーム上に持っていることが、強い「縛り」になってる、ないしこれからAndroidでも魅力的な端末が出てきた時に「縛り」として機能するんじゃないかと思います。逆にいうとガラケー組が抱えているコンテンツ資産をAndroidにいかに引き継ぐか、ないしそもそもコンテンツ資産をAndroid側で抱えなくても、コンテンツを楽しめる仕組みみたいなのが出て来ないと、そこには壁があるのではないかと。

OSの選択の大きな理由になるほど、ソフト単体にプレゼンスはない

僕の世代だけにわかりやすく言うと、バーチャファイターがやりたいためがだけに、あまりメジャーではないセガサターンを買いました、みたいな話ってスマートフォンの世界であまりないのかなあと。両方のプラットフォームでリリースしているソフトウェアもありますし、iPhoneで人気のあるものは、似たようなソフトがAndroidにもありますし、どちらかというと、iTunes Storeではソフトウェアが何十万タイトル登録されてて、Android Marketにはソフトウェアが何十万タイトル登録されている、みたいなのが特集だと思うんですが、開発環境としてエンジニアにとってコンフォタブルかどうかというのは差異があると思いますが、ソフトウェア自体がユーザにとってiPhoneかAndroidか、という選択の大きな理由になるかというと、今のところ結構微妙な感じがしています。そもそもが「ソフトウェア」を使うということより、「WEBサービスをスマートフォンでも使う」という意味合いのほうが大きいですしね、スマートフォンの場合。

Androidのメインターゲットはスマートフォン世代ではないのではないのか

何となく僕のイメージしているスマートフォン世代というのは20後半~40後半くらいの人たちかなあと思うのですが、そこって結構、勝負始める前にiPhoneが席巻してしまっていて、愛着も生まれてるんじゃないかと(iPhone 4は大分評判落とした感がありますが)。むしろ、今のAndroidのようなビジネスユーザ向けの展開ではなくて、ガラケーで着うたやらGreeやっている世代が、もっとHACKできる携帯として、Androidを選ぶ、っていう路線の方が強いんじゃないかなと思うんですよね。逆にいうと、今iPhoneを使ってない人たちの多くは、日本メーカーが発売している端末を使っていると思うのですが、ここのシェアをできるだけ縮小しないようにAndroidに移行される工夫が発揮できないと、iPhoneのユーザを奪還するみたいな大上段で構えている間に、今抱えている人たちもiPhoneに流れてしまうんじゃないですかね。

プレイヤーの数は活路なのかどうか?

Androidはオープンなので、日本みたいにたくさん携帯メーカーがあれば、iPhoneという一商品だけを持つAppleより強そうです。単純に売場専有面積もAndroidという括りでは、iPhoneより確保できそうです。選択肢が増えることはいいことです。後、日本の携帯電話メーカーはほぼそれぞれ総合電機メーカーなので、携帯以外の商品も含めてユーザへのAndroid採用を促す機会というのも作れるんじゃないでしょうか(でも、この辺りは僕あまり具体的にイメージできてない、家電にAndroidと言われても、生活がどうなるのかいまいちピンと来ていない、そうなりそうだよということは理屈的にはわかるんですが)。一方でAndroidが普及すれば、日本の携帯電話メーカーは盛り上がるのかというと、どうもそれって乗換だけで売上が飛躍的に伸びるってことではないのかなという気もします。

Googleさんは意外とあきらめ早いよ

Googleさんは思っているより、ダメな事業はバッサリ切り捨てます。かなりGoogleとしてもAndroidには注力していると思うんですが(色々な企業巻き込んでますし)、案外簡単にGoogleがあきらめちゃう、恐ろしさもなくはないのではないかと思います。

駆け足で考えてきましたが、日本でのAndroidの可能性というのは、そもそもの前提となっている日本のガラケー市場の特殊性もあり、今グローバルで展開されているAndroidとも、また事情が少し違ってくるように思います。インド、中国で爆発的にAndroidが普及し、日本でもAndroidが普及した、でもSo What?になる可能性もあるんじゃないかと思うのです。Androidで頑張ったけど、その割に報われない、ってことにならないように、グローバルのAndroidとは違った、日本の特殊性を踏まえた特殊性の作り方って言うのが、日本のAndroidを普及させていく過程には必要な気がしています。

iPhoneでよく使うアプリについて

Posted on | 2010/6/15 19:55:01 | View Comments

先日こんな記事読みまして。

iPadのついでにiPhone4も残念 – umitanuki日記

僕がiPhoneを最初に手にとったときすごいなと思ったのはその極限まで突き詰められた単純さであって、高機能性だったら日本の携帯でいい物がいくつも出ていると思うのです。

特に異論はないのですが、ここだけ引っかかりまして。僕のiPhoneの最大のメリットは「毎日PC持たなくても良くなった」です。当然制作とかでは作業効率は落ちる(というかできないに近い)わけですが、まあ逆に言うと毎日PC持ってないと落ち着かないような仕事でもあったわけで、特異と言えば特異か。で僕がよく使うのは下記のアプリ。

  • TwitBird Pro / TweetDeck / foursquare : Twitterクライアントですね
  • JotNot Pro / Evernote : 出先でデジタルクリッピングしたい時には必須
  • SpeakEasy : ET Luv.Lab.の取材録音に活用
  • Flickr / Dropbox : 基本的に僕が見たい見せたいデータには全てアクセスできる
  • TeamViewer : 「毎日PC持たなくても良くなった」という意味ではこれの存在は大きい
  • [番外編] ET withwith : 最早ETの業務の屋台骨、アプリではないけど

少なくともPCでできる情報の確認は全てiPhoneからできるわけです。SSHクライアントやFTPも入れてますが、緊急の緊急の時だけですから、まあ制作はしないわけですが、基本的に情報を確認さえできれば、メールなり電話なりTwitterなりで、どうにでもなりますし、究極TeamViewerという裏技もある。そういう意味では、iPhoneがハード的にリッチになったことを残念とは全く思わないですね。最早PCのスペックにそこまで興味を持たないことと一緒で。逆に言えばハード的なことでスゴイ魅力を感じるわけでもないですが、残念とは思わないかな。iPhoneがもたらした環境と、享受できるサービスに実があるわけで、ハードはApple謹製iPhoneじゃなくても僕はいいのですよ。

だから実は前の記事で言われている「マーケティングは怖い」ということはその通りだと思うのですが、そうであると同時にこの手のデバイスのハード的なことって、最早「減点要因」としか見なさなくなってきている人たちもいるんじゃないかなと。だからハード的なことも「なんでもできるよ、素晴らしい製品だよ」と言い続ける必要があるわけで、ただiPhoneから自分が当分離れそうにない理由はそういうハード的なところにないと思っています。

iPad触った!感想

Posted on | 2010/5/28 23:21:28 | View Comments

iPadは購入していない加藤ですが、今日ET Luv.Lab.の取材に行った際に触らせていただくことができました。僕の仲間は早から触ってたのですが、触ったら買わざるを得ない感じがしていて。。。

感想ですが:

  1. 思ったより重いが、サイズは絶妙
  2. レスポンスは文句なし
  3. UIの進化はiPhoneのそれと比べて著しい
  4. 思ってたよりキーパッドの入力は難しい
  5. iBookstoreは閑散としている
  6. 雑誌とかほとんどiPadに移行した方がいいと思う
  7. まあ買って損はないですよね

ハードとしては未だに僕の環境では棲み分けが明確にできず、今入ってこられると逆に困る、という感じなのですが、コンテンツがスゴイ。WIREDとか見させていただいたのですが、素晴らしい。今後にも可能性があるでしょうから、雑誌なんかはどんどん移行した方がいいよと思いました。

写真は取材先でiPad開封の儀に立ち合わせていただいたところ。初めてのiPadが@お寺、ってちょっと不思議でしたよ。

子育て 2.0 : iPadはMy First Appleになるか?

Posted on | 2010/5/23 18:22:25 | View Comments

ええ、独身30歳の加藤でございます。こないだちょっと面白い話を聞きまして、週明け遂に日本でも発売されるiPadについてなのですが、友人がiPadを買う理由。僕はせいぜい奥さん用とか思ってたのですが、意外や意外、生まれてくる赤ん坊のためにiPadを注文したんだそうです。

デジタル・ネイティブという言葉があります。昨年くらいに話題になりました。僕らは成人に近いくらいでPCや携帯に触り始めたデジタル・イミグラントってな具合で、それより若い世代って、PCや携帯が物心ついた頃から世のコモディティになっていた、デジタルに対するネイティブな世代なわけであります。ちょっと今回の趣旨とは違いますが、「デジタルネイティブの台頭が、人材流動化の鍵?」という記事で触れています。

話を戻しますと、これからの時代に生まれてくる子供たちは特段の自由が無い限り、今言うところの「デジタル・ネイティブ」なわけです。では「デジタル」の入口として、今最も適したデバイスとは何かと考えた時に、友人は「iPad」という結論を出したわけですね。これは結構面白い話ではないかと思います。

2歳半で「New Toy」として存分にiPadを楽しめるわけですね。ユーザ・エクスペリエンス(=UX)という言葉がフィーチャーされて久しいですが、UXという、技術とクリエイティブの融合の証明の一つとして、この映像は驚異的なのではないかと思います。

そんな話を聞いた時に、ふと思ったのが、そしたら喋るのとiPad覚えるのと、どっちが早いのだと。とか、文字を書けるようになるのと、フリック入力覚えるのと、どっちが早いのだと。何の根拠もないですが、映像を見た感想としては、何となくiPadを使うことより、喋ったり書いたりする方が、人間の活動として高度で、それが故に、僕らの常識と逆転現象が起きるんじゃないかって、ちょっと危惧してしまいました。

まあただ時代によって色々子育ても移ろいゆくものでしょうし、僕らがPCにすんなり入った背景にはきっとファミコンがあったろうし、携帯メールにすんなり入った背景にはポケベルがあるでしょうし、時代の変化を受け入れるのは、教育という観点から見てもすごく大事だと思うのだけれども、iPadという「New Toy」には、その向こうに無限の可能性が広がっているわけで、子供の無限の可能性をまさしく拡張するデバイスに成り得ると思うんだけど、まあ自分が経験したことないだけに単純に怖さも感じます。

結局はでも親ですよね。ペアレンタルコントロールとかいう話ではなくて、もっと単純に、子供とよくコミュニケーションを取って、どういう興味を持って、どういう楽しさを発見したのか、というところをきちんと寄り添って把握してないといけませんね。せっかく、iPadは「2~3人で覗き込んで楽しめるデバイス」なわけで。

個人的には、親父が出勤前に頑張ってセットしてくれたプラレールをゴジラの如く一瞬で破壊して叱られた、みたいな経験が幼少期の教育では大事だと思うのですが、僕の同世代も子供いますから、そういう人たちがどういう子育てをしていくのかということは興味のあるところです。iPadを買う、なんてことは、ある種、子供の未来に対する親の勇気、みたいに捉えてもいいんじゃないかと。

ところで、タイトル。iPadが「My First Apple」になるか?ということ。これはAppleというブランドを考えるにあたって、意図しているかどうかは別として、すごく大きな意味合いがあるんじゃないかと思います。任天堂とかSCEとか言うより、むしろ、LegoとかTomyとか辺りの属性がAppleのブランド価値に加わるかどうか。そうするとメーカーとしてのAppleはまた新しい時代に突入していくんじゃないでしょうか。

GWなので、家のPC環境について整理してみる

Posted on | 2010/5/1 16:40:48 | View Comments

Home Network

昨日、「Nomad and Home – MacBook Proのワークスペース」という記事を読みまして、ああその辺り収拾つけなきゃいかんなあと思いました。で、まずは現状把握をと思い整理してみたのが上の図(クリックすると拡大されます)。カオスだよなあ。

結局、PCの台数が多過ぎるんですよねえ。Mac Book Pro一台とかで、WindowsもVMwareで、とかがスマートだと思うのですが、CS 4はWindows用を買ってしまっているとか、iiyamaの26インチモニタはMacからDVI出力できないとか、色々問題がございまして。。。iPadとか買った日にはどうなるんだという話。

というわけで、なかなかすぐに刷新するわけにもいかぬのですが、そろそろPC環境もエコな感じを目指さないといかんかなあなどと思っておるところです。

iPadの広告なんて全く見てないのに、ソーシャルストリームで完全に頭がiPadな件

Posted on | 2010/4/8 22:00:58 | View Comments

iPadが発売され日本上陸してからというもの(海外で発売されたものを日本に持ち込んでくださるパイオニアの方々のおかげ)、連日連夜、TwitterやらUstreamやらでiPadを目にするうちに、もうなんだこれは、僕がiPadを買わない理由は金欠という一点のみ!(買えないだけじゃないか)というところまで大いに洗脳されてしまったのですが、これは冷静に考えるとすごいことだと思います。AppleのサイトやYouTubeのサンプル動画にもちょっとは影響されているわけですが、多くの僕に影響を与えた情報は、一昔前の言い方をするならば、まさしく「クチコミ」なわけです。

だから、ソーシャルストリームによって、クチコミが広範に可視化されてしまったわけですね。Twitterはつぶやきと言われますが、Tweetではなく情報の質としてはDialogueで、「同時多発井戸端会議」みたいなイメージではなかったかと思うわけです。で日に日にストーリーが膨らんでいって、今までのクチコミってサポーティングパラグラフだったんだけど、最早クチコミこそがメインパラグラフだぞ、という状態。

で、掲題のことをTwitterでつぶやきましたら、@taromatsumuraにこんなメンションをもらいました。

この感覚で、製品やコンテンツが消費者とマッチングしていくのが、これからの時代ですね。

そうそう、まさしくそのマッチングの重力というか引力というか、そういうもののフィールドが今どんどんソーシャルメディアにその戦場を移しつつあって、しばしばマスメディアは、後で体良くまとめる、ことしかできなくなるのかも知れない。そこに良識や批評や見解を交えてコンテンツとして洗練されたものを提供するということは不可能ではないと思うし、取材や記者は大事だと思うけど、ダイナミズムは、そうまさしく「同時多発井戸端会議」的なダイナミズムは、ソーシャルメディアにこそあるんだろうなあと思います。

大ヒットが生まれなくなって久しく経つと言います。個人の価値観の多様化とか、ライフスタイルの変化とか、マスメディアの影響力の衰えとか、言われます。ただ情報は受容するより発信した方が収斂されるということを、人々が体感しつつあるのが今の時代だと思いますから、そういう意味で大ヒットは30年ほど前よりは相変わらず生まれにくいのかも知れませんが、10年前、20年前よりは生まれやすい新たな土壌がじわじわと形成されてきているのかも知れない。

別に大ヒットはこれからも出ないかも知れませんね。ただ、ヒットは営業費×広告費みたいなことでは作れなくなっていたこの20年を考えると、いいもの作ってワクワクさせるみたいな根源的なところに、ヒットのメカニズムが原点回帰したら、それはそれで健全なんじゃないかと思います。

昨日正午から佐々木俊尚氏の『電子書籍の衝撃』が先着1万ダウンロード限定110円というプロモーションをディスカヴァー21がやっていて、僕も読もうかなと思っていたので、正午きっかりにアクセスしたのですが、案の定と言いますか、サーバダウンして購入した書籍がダウンロードできず、すぐに読めなかったわけです。「これはひどい」と思ったわけで、そんなつぶやきもして、Twitterでフォローしあっている人にも同症状の方がいましたから、まあそういう失敗談というのは瞬く間に広まっちゃうわけですね。

ただそれが話題になったからマーケティング的に成功とか、企業のブランドが失墜したとか、そういう話をしたいわけじゃなくて、時系列で見ていたらトラブル発生後、タイミングタイミングで適切な対応をしているように見受けられて、日本では全く新しい試みをしたということも含めて、最終的には好感持てました。

僕はこのプロモーションが広まるのも、トラブル発生するのも、収束するのもTwitterだけを介して見てましたが、そうやって企業とユーザの直接のコミュニケーションにならなくとも、商品や事象に関してソーシャルメディアの中で様々な情報や意見や疑問や批判が駆け巡るわけで、そういうことって全く新しいパワーじゃないかと思うのです。

これまでもTwitter炎上とかはありましたが、それはTwitterの使い方がアコギだとかいうことであって、今回はある種のリアル炎上をTwitterが消化吸収する役割を果たしたという意味合いで勉強になった感じがします。そしてそのメカニズムは必ずしも企業側が意図して働かせたものではないと。

だからこういう勃興期にあっては、色々議論にはなりますけど、結局は「いいもの作ってワクワクさせる、真摯に親切に対応する」というような、あまりにも当たり前のことが企業ができる唯一つのことだったりするのではないかと思います。ああ、体力勝負ですね。その上で戦術的なことは色々あるとは思いますが。

話を戻すと、そういうソーシャルストリームのまさしくウネリが、今後ますます企業とユーザのマッチングに果たす役割が大きくなるのは確かだと思っていて、一方でそこには広告的にテクニカルな因子より優先するべきことが色々ありそうだ、というのが僕の見方です。とりあえず、iPadはある種今の時代を象徴する大きなプロダクトリリースだと思うので(少なくとも発売前の盛り上がり的には)、それだけで消費社会の全てを語ってしまうのも乱暴な気がしますが、もう少し小さなパッケージであっても力強いムーブメントというのが「いいもの」の周りで起こると楽しいですね。

ちなみに最近よくTwitterで見かけるのは桃ラーの話題。好きな人が今更ワイドショーで取り上げるな、どこも売り切れで入手困難なのに拍車をかけてどうするとつぶやいておりました。そういうこともあるわけですね。

iiyama ProLite E2607WSではMac Miniが使えなくなっていたんだけれども

Posted on | 2010/2/15 15:08:31 | View Comments

先だって、iiyamaのProLite E2607WSというモニタにメインを切り替えたのですが、Mac Miniが使えなくなっていました。そういうものなのかということで放置していたんですが、カカクコムのユーザレビューなどを読んでおりますと、どうやらMacのデジタル入力をサポートしてないとのこと。一方で、PCで地デジを見たいがために、切替器をDVIのものに変更していたりもしたのでした。

iiyama 25.5インチワイド液晶ディスプレイ アスペクト比固定拡大機能搭載 ブラック PLE2607WS-B1
マウスコンピューター (2008-09-03)
売り上げランキング: 2142
おすすめ度の平均: 4.0

4 現在19インチ以下を使っているなら
2 安くて大きいけど難あり。
4 t地デジテレビ買わなくて済んじゃった(笑)
5 良い買い物が出来ました。
5 オフィスでは必要十分

というわけで、考えまして、Mac Miniはディスプレイはアナログ接続で、その他入力デバイス系は切替器の方に繋いでおき、Mac Miniを使いたい時は手元のPC切替器で切り替えた上で、ディスプレイの設定で入力をDVIからアナログに切り替える、という形で乗り切ることにしました。一手間増えちゃうわけですが、Mac Miniを全く使えないよりは全然良い。

かなり無理やりですが、一応死に体だったMac Miniが復活しましたよと。iPhoneアプリの開発とかやってみたくて、Mac Miniを買い換えたい気持ちもあるのですが(今使ってるのはIntel Macじゃないのでできないみたい)。。。

感覚で買うのか、情報で買うのか

Posted on | 2010/2/3 0:11:18 | View Comments

今日はショッピングのお話です。ネットショッピング勃興期から10年は経ったであろう今でも、洋服なんかをネットで買っているよと言うと、結構驚かれるのですが、「実際に触ってみないと」とか「実際に着たり持ったりしてみないと」とか言われるのですが、まあ返品もできますし、最近では東戸塚で買えないものは、ほとんどネットで買ってるんじゃないですかね。食べ物とかはあんまり買わないんですけど。

一番ネットショッピングで決めてしまう機会が多いので洋服の話をしますけど、いつでも手軽に買えるとかって言うのは、あんまりメリットじゃないんですよね。明日必要な洋服ってあまりないですから。かと言って、安いからとか、在庫がない人気商品だから、とか言う理由で洋服をネットで買っているわけでもない。じゃあ何が魅力買っていいますと、「圧倒的な商品数から選別して欲しいものを手繰り寄せられるから」なんですね。

先日、セール時期にダウンジャケットが一着欲しいと思って探したことを思い出すと、機能的で長く使えるものが欲しかったので、頭からアウトドアメーカーのものということだけは決めていたのですが、デザインはやっぱり自分の嗜好とあったものを選びたいので、しらみ潰しに見ていたんですよね。最初、よく見るショップのサイトチェックして、その後、楽天やGoogle検索して、ブログのレビュー読んで、本国のサイトも見て、みたいな。

これ1~2時間続けていると、立派なダウンジャケットマニアになれるんですよ。ショップの陳列棚でダウンジャケット見てても、このジャケットはダウンが700フィルパワーだから暖かそうだ、とか言う思考回路は働かないわけじゃないですか。耐久性、防水性に加えて透湿性も確保しているとか。止水ジッパーを使っているとか。

ただ、洋服をファッションとして見るだけだとそんなことはどうでもいいんですけど、工芸的な視線で見ると、実はそこにどういう技術が使われているかとか、どういう用途が考慮されているとか、どういう素材が使われているとかいうことって、実はモノを評価するには大事な情報で、そういうものを評価分析しながら意思決定して行く、しかも圧倒的な選択肢を前に、というのはエキサイティングだと思うわけです。男の子的だ、とか言われてしまうんでしょうか。

「感性マーケティング」みたいな言葉もあるわけですが、それとは逆行する形で、今僕は「スペック購買」を楽しんでいたりする。「別注」とか「限定」とか言うことでもなく、「売り手の論理」でもなく、可能な限り「作り手の論理」に賛同し得る買い物をしたいなあなどと思っています。実際は作り手と話ができるわけではないし、ネットに書いてある情報(=宣伝文句)がどこまで信憑性に足り得るかということも勿論あるわけですが、それは圧倒的な数を相手にすることでカバーできるのではないかと思います。

タイトルの「感覚で買うのか、情報で買うのか」というのは舌っ足らずで、「感覚で選別して情報で買うのか」、「情報で選別して感覚で買うのか」という違いのような気もします。

リアルとネットでどういう商品が適しているかということもあるのでしょうけど、一長一短だと思うのですよね。リアル万能主義はおかしいしネット万能主義もおかしいと思う。少なくとも今のところどちらにも長所があり短所もあり、求める物や状況や考え方や生活で変わって来る。ただ少なくとも僕はネットでも洋服を買うようになって、リアルじゃないと買い物に失敗するみたいなのは幻想だなあと思うようになったのです。

なんでこんなある種わかりきった話を書いたかと申しますと、電子書籍の話なんですね。未だに「本は紙じゃないといけない」みたいな意見も聞きますけど、それは趣味嗜好の問題で、紙の本万能もおかしいし、電子書籍万能もおかしい。人はおそらく使い分けるようになっていくと思います。その上で、「読書」の需要を喚起する仕組みと仕掛けが大事なわけで。

僕は今回の電子書籍元年と言われるような状況に対しては多分に肯定的なのですが、何故かと言うと、「自分が電子書籍を買って読む」ということを経験することにワクワクしているわけで、あまり業界の歴史とか市場の動向とか言うよりは、「そういうこともできた方が僕の人生は楽しいよ」という一点です。ただ一方で、そういう考え方を持つ人が世の中に少なからずいるのではないかという気もします。アメリカは国土が広いですし、日常的な買い物にも車での移動が必要な国ですから、日本よりもリアル本屋のプレゼンスは低いというか、電子書籍で買えちゃうなら買っちゃうよという人が多いような気もします。現にKindle売れているわけですし。

日本じゃどうかということは正直わかりませんが、出版社ベースのプラットフォームでは広がりがないですし不便ですし、まあAmazonなりAppleなりがガサーッと取りまとめてくれると一番手っ取り早いなというのが正直なところです。そうじゃない解答は今のところ日本の企業を見ている限り導き出せないというのが素直な感想で、別にAmazonにもAppleにも偏愛はありませんから、日本の企業でそういうデバイスを含めた利便性の高いコンテンツプラットフォームを素早く用意できることができるのであれば、そっちに乗っかるのも全然やぶさかではありません。

ただ、このグローバリゼーションの時代に、どうやったら電子書籍元年に乗っからないで済むか、って議論は不毛ですよね。

そんなこんなで楽しみなトピックです。

iBooks、来ましたね

Posted on | 2010/1/28 8:16:07 | View Comments

AppleからiPadなるタブレットが発表になりました。小型PCって言うか、巨大iPhoneですね。iPhoneって言うかiPod Touchか。

僕の興味はそれより、iBook Store、Appleが電子書籍市場に本格参入してきたこと。AmazonとAppleの対立構造で、これから電子書籍市場は加速度的に盛り上がっていくのではないかと、ちょっと楽しみにしています。

面白くなって来ました。

Page 1 of 912345...Last »