ARについて考える – 東のエデンが示唆するもの
Posted on | 2009/7/11 11:07:57 | View Comments
『東のエデン』という作品は、何か90年代に『機動警察パトレイバー』や『攻殻機動隊』が未来に対して示唆的であったように、近未来に対する意欲的な描写が為されていて、興味を持って観ていました。
AR(Augmented Reality)という言葉が最近取りざたされています。VR(Virtual Reality)が仮想現実であったのに対して、ARは拡張現実と訳されます。言わば現実を補完する現実性、と言ったところでしょうか。
『東のエデン』にはその名も「東のエデン」というARを思わせるサービスが出てきます。携帯電話で写真を撮ると、その対象にまつわる情報がCGM的に蓄積されていく。街で見かけた気になる人の画像を写真におさめると、その人に関するネットの情報が瞬時に見れてしまう。作中でもその道義的問題点は指摘されているのですが、今まさに実践的なARサービスになりそうだとされている、日本の「セカイカメラ」というサービスがまさにこのラインだと思うのです。
携帯をかざすだけで、その対象を補完する様々な情報を画面上に表示してくれるサービス。これはちょっと考えても様々な可能性が考えられます。例えば、渋谷のスクランブル交差点でセカイカメラをかざすと、歩行者の最新のTwitterでのつぶやきが一挙に表示されるとか。今まさに個人をアイデンティファイする情報は、どんどんインターネット上に蓄積されつつあるので、そういうものが実際の視野・視界と紐付けられて、現実空間を補完する、すなわち「拡張現実」のプラットフォームとしてセカイカメラが普及したとしたら、それはまた新たな世界の始まりのような気がします。
ARのプラットフォームに成り得るものという意味で言えば、ちょっと本筋とずれますが、例えばGoogle ストリートビューのようなものがあります。このサービスを実現するために、Googleは360度撮影可能なカメラを車の上に取り付けて、世界中を走らせることによってサービス化したわけですが、そもそもプラットフォームを構築するための土台作りをユーザサイドに委ねてしまうセカイカメラ的な発想は、幾分進歩的で幾分インターネット的であると言えるでしょう。
ただ一方で先述の「東のエデン」のような人に対してダイレクトに情報が紐付けられるとかなり不快な世の中も予想されます。ARの話ではありませんが、先日、「男の子牧場」というサービスがちょっと話題になり、あっという間に閉鎖されました。自分の与り知らぬところで、他人にブツクサ言われるのは、決して気分のいいものではないでしょう。極端な話、歩いていて「ダサい」「ブス」と言ったタグを見ず知らずの人に勝手に貼られたら、それはもう想像するに嫌な世界で、監視社会というか、ある種のBig Brother的な世界とも言えるくらいだと思います。
そんなことを考えていたら、AR Commonsという団体ができていることを知りました。ARには道義的議論が不可欠だとは僕も思うわけで、どういう方向に今後進んでいくのかには、少なからず興味があります。詳細は太郎君のブログを参照のこと。
TAROSITE.NET | テーマはアジャイルと公共圏 – AR Commons
VR、例えばSecond Life的なことって、結局リアルライフと紐付けられてないというか、完全に別世界での出来事なので、そこになかなか将来性を見出せないというか、平たく言うと飽きちゃった人も多かったのではないかと思います。
一方で、AR、セカイカメラ的なことって、あまりにもリアルライフと近接していて、それは大変日々の生活を便利にしてくれそうなんだけれども、既存の僕らの価値観や倫理観や道徳規範を侵食してくる可能性と危険性の両側面を持ち合わせているわけで、勿論、技術が世の中を変える時には往々にしてそういう問題意識が出てきて、銃にしろ、書籍にしろ、インターネットにしろ、その後の人の生活の在り様を大きく変えてきたわけだし、それが有用か悪用か、ということも、使うそれぞれによって変わってくる部分があるとは言え、社会を間違った方向に向かわせない努力はサービスを開発するのと同じ重さを置いて、考えられていかなければいけないのではないかと思います。
そんなことに関して、『東のエデン』は示唆的であったと、今になって思うわけです。
追記:
ありました、画面にTwitterのつぶやきを表示しちゃうサービス。
ユーザー周囲の「つぶやき」を拡張現実で表示するiPhoneアプリ(動画) | WIRED VISION
Twitter + AR + Aroundで「TwittARround」とは、そのものズバリなネーミング。
Twittering始めてみました
Posted on | 2007/4/25 21:49:15 | View Comments
何事も試してみないと始まらない、というわけでTwitter始めてみました。モバトゥイッターにも登録しました。そもそもこのブログ自体が限りなく独り言なので、その上、更に独り言の出力を増やそうというのもいかがなものかという気もしますが、話題なのでやってみないとと思い。
日本の携帯メール文化とどう棲み分けるんだろうというのもちと気になるところです。まだ学生の頃は独り言レベルのメールを暇潰しに友人に送りつけてましたが、今はもう本当に必要なメールしか打ちませんしねえ。超カジュアルなポジショニングですよね、Twitterは。馴染めるかどうか。
とりあえず誰もまだ友達いない状態なので、Twitterユーザの方、登録してください。最近、アメリカで流行っていてというサービス、Second Life然り、MySpace然り、すぐに挫折しているので、Twitterは何とか続けられるといいなあとは思っているのですけど。
SDWT 3 : 人を場所に繋ぎとめるもの
Posted on | 2007/4/4 14:55:22 | View Comments
友人と話していて、話題のSecond Lifeは「目的のないゲームだから困る」というのがありました。僕らはゲームというものは、高スコアを上げるとか、全面クリアするとか、相手に勝つとか、ある程度目的を与えられてそれを果たすことで満足を得るわけですが、どうやら最近のゲームは違うようです。
食べ物だったり音楽だったり芝居だったり風景だったり、人を場に繋ぎとめるのにはそこにその人の目的があるからであって、無目的の散策ということも当然人の行動としてはあるわけですが、ことに「場所に繋ぎとめるもの」というのはそれが目的化されていなければ駄目で、ですから人を呼び込む集客施策として、商業施設で言えば、美味しい飲食店だったり著名なアーティストのイベントだったり高名な芸術家のオブジェだったり夜景を一望できる展望台が必要だったりしているわけです。
こういったことと同列で、最近「ネット」というのが人を場に繋ぎとめるための一つの要因になっているようです。無線LANの繋がるカフェや図書館、公衆無線LAN、そして共有無線LANであるFONのようなサービスも出てきており、アクセスポイント自体がネット接続を求める人にとっての「場所に繋ぎとめるもの」となっています。
これは今通信の発展が中途にあるということが大きいのかも知れません。携帯がハイスペックになれば携帯通信であらゆることが出来るようになるかも知れませんし、PHSがハイスピードになれば無線LANレベルの速度で通信できるようになるかも知れませんし、あまねく広範囲のエリアを公衆無線LANがカバーするようになればアクセスポイントの所在を気にしなくてもいいかも知れません。
「場所に繋ぎとめるもの」ならばまだいいのですが、「自分の意に反して、場所に繋ぎとめられている」ということになると問題です。しかし、往々にしてネット接続の場合は、繋ぎとめられている傾向が強いように思います。ネットがなくてもある程度仕事をできるようにしておいた方が、移動体通信の発展が中途の現在においては、自分の行動半径が縛られなくて済むような気はしています。
手帳とペンと携帯電話(Shutdown Dayで携帯電話をOFFにする必要があるのかどうか話題になりましたが、やっぱりOFFにすると遠隔地にいる人と仕事はできず、最早元に戻れないよねという話になりました)があればとりあえず仕事は動かせる、前に進めるという仕事の体勢がいいような気がします。
モバイルってのはPCやネットが出来てから生まれてきた、「場所への強烈な束縛」からのある種の解放運動なわけですが、まだまだ標準化されていなくて必要十分条件を満たしていない部分がありますから、もう10年も経つとそう言った束縛を受けなくても済むようになるのかも知れませんが、とりあえず、今解放運動を自分の中でやろうと思うと、それはアナログへの回帰のような気もするのですよね。
SDWT 1 : Shut DownとShut Out
Posted on | 2007/4/2 17:40:56 | View Comments
これから1週間、3月24日に催された「Shutdown Day Workshop Tokyo」のPodCastをご紹介すると共に、各エピソードの内容に準じた文章をお届けしていこうと思います。
Shut DownはShut Outとは違います。しかしながら、現在の社会情勢を鑑みると、少しずつShut Down = Shut Outになってしまって来ている状況があるのではないかと思います。
shut・down
一時閉鎖, 操業停止; 【コンピュータ】シャットダウン
shut・out
閉め出し; 工場閉鎖; 【スポーツ】完封, シャットアウト(勝ち)
何が問題かというと、今回行ったPCや携帯電話のShut Downということが、それ即ち外の世界からのShut Outに繋がっては危険だということです。パソコンや携帯電話を使わない=誰ともコミュニケーションを取らないという構図。
ここ数年、様々なITサービスの普及によって、コミュニケーションは非常に多様化し、人々の「繋がっていたい欲求」が高まり、多くのコミュニケーションはPCや携帯電話などのIT機器が占めるようになりました。
ビジネスの面においては、メールなしの仕事は考えられないでしょうし、プライベートの面においても食事をしながら携帯メールの着信を気にするような若者が多くいると聞きます。
WEBサービスではMixiであったり、Second Lifeであったり、携帯ではデコメールであったり、デジタル・コミュニケーションはより表現力豊かに成長していこうとしていますが、そこに注力するあまりにリアルのコミュニケーションを疎かにするようになるのは問題です。
とは言え、多くの人が、リアルのコミュニケーションをデジタルのコミュニケーションより大事にしていると思いますし、このShutdown Day Workshop Tokyoでも、Shutdownすることにより感覚がより鋭敏になり、対面コミュニケーションの比重がより高くなるという話がありました。
ただ技術が進歩するにつれ、ネットとリアルというのは、日に日にシームレスになり、それが故に境界が曖昧になることが、ともすれば、リアルの軽視ということに、無意識のうちに繋がりかねないということはありませんか。
ゴルフのスイングと一緒でこれはシフトウェイトの問題と思います。どこからどこまでの動作を右足に重心を置いて、どこからどこまでの動作を左足に重心を置くのか。このバランス感覚がつまりはネットとリアルということにも、当分の間は必要なのではないかと感じています。
新しい技術の到来は、しばしばそれまでの生活習慣や生活倫理を忘れさせてしまいます。デジタルなコミュニケーションが欠かせない今日ですが、Shut Down=Shut Outになってしまう状態というのは、その状態が即ち依存であり中毒であるということで、そう言ったものにもうしばらくは頭の中で警鐘を鳴らしつつも、自分のコミュニケーションの力配分を考えていかなければいけないのではないしょうか。
僕自身はPCに触れ始めてせいぜい10年、携帯電話に触れ始めて7年程度のものです。コミュニケーションのデジタル化という潮流においては、まだまだ過渡期にあると思います。この潮流はなかなかの激流のようですから、果敢にポイントを攻めつつも、命綱はしっかり繋いでおかないと、などと思っています。
これからの1週間は、そんなことを考えながら、1日1本記事に認めていくつもりです。
Second Life初見
Posted on | 2007/2/26 18:47:28 | View Comments
行って来ました。Second Lifeに。ただ「Orientation Island」で挫折。3Dのゲームに慣れてないこともあり、ゲーム世代じゃないと楽しめないものだろうなということはわかりました。よっぽどゲーム好きで時間ある人じゃないと、僕みたいに「Get A First Life」ってなことになると思います。それかもう僕が年取ってしまったからなのか。
インターネット上のサービスとして見た時に敷居は高いですが、英語圏であれだけはまっている人が多いことを考えると、のめりこむひとはのめりこむのでしょうし、日本でもサービスが本格開始されたらネット上もSecond Life内での出来事で情報が溢れるのかも知れませんが、正直「僕、ついていけないだろうな」的なおっさん感覚を覚えました。
ただゲーム好きな人は、ゲームしながらビジネスができるプラットフォームってのは魅力なんでしょうね。で、英語圏ではゲーマー以外の人も無視できないくらいのマーケットに育って来ていると。日本でも無視できない存在になるのでしょうか。
Second Lifeの広告効果ってどうなんだろう
Posted on | 2007/2/26 18:21:57 | View Comments
アクセラートジャパン、Second Life内の広告・プロモーション効果を測定する新サービス
GMOグループが仮想世界「Second Life」の活動を支援
そろそろ日本のSecond Lifeも秒読み段階だろうと思い、「Second Life 広告効果」でGoogle検索したところ、広告効果測定の新サービスがありました。また、GMOは「Second Life Fund」なるものをやるみたいですね。
一方で、Second Life内で頑張っておられる小さな企業ってのもあるみたいです。僕は当座「広告」という観点で見ると、Mixiの広告とSecond Lifeの広告を比較してみようかと思っていたのですが、よくよく考えるとMixiの広告は予算がかなりないと出せないですよね多分。そういう意味ではSecond Lifeの方が広告フロンティアなのかと思いますが、大手広告代理店も動いてるみたいだしどうなんだか。
とか書いててSecond Life、本格的に気になって来たので、ちょっとこれから英語版を見て来ます。
First Life
Posted on | 2007/1/22 15:56:43 | View Comments
Get a First Life: A One Page Satire of Second Life
“First Life Is A 3D Analog World Where Server Lag Does Not Exist.”というわけで、アメリカで大人気の3Dバーチャル社会、Second Lifeのパロディです。かなりよくできたアイロニーだと思います。サイトを見てみてください。
Tシャツが売ってたのでCafePress経由で購入してみました。今年の春には日本語版のSecond Lifeが動き出すでしょうから、夏あたりに半袖First LifeTシャツ着て歩いてるとタイムリーなのではとか思いまして。
これで僕がSecond Lifeはまっちゃったら本末転倒だけどもね。Darren Barefoot氏の作品です。
今改めて仮想社会
Posted on | 2006/7/11 16:59:37 | View Comments
Habbo Hotel
Movida Group, a SoftBank and Asian Groove joint venture, invest EUR 6 million in Habbo, the leading online teen community and brand
TechCrunch Japanese アーカイブ » Habbo Hotel、マイクロトランザクションで3000万円の売上げ達成
皆様、Habbo Hotelを知っていますか?Shockwaveで作られた仮想ホテルで、ドット絵のアバターを使ってチャットなどをして楽しむという。最近ではSecond Lifeが話題ですが、そこまで仰々しいものではなく、何というかおっとりしてるというか、のんびり楽しめる感じのサイトです。昔はクリエイターの人が結構遊んでた気がします。ソフトバンクも出資しているということは今回初めて知りました。しかしマイクロトランザクション(アバターの服とか自室の家具とか)で3000万円売り上げたというのはなかなかですね。
社会生活シミュレーションとして注目される『Second Life』
仮想世界を学習環境として用意するという意味では、キッザニアも気になりますね。キッザニアは実際に行って体験学習するところですが、Second Lifeも結果として、かなりのリアリティを以ってモノを学習できる環境になってる模様。
企業の啓蒙コンテンツのインキュベーションとしての仮想社会という意味では、キッザニアのネット版をガツンと作ると、結構面白いのかもしれません。でもインパクは失敗だったしなあ。
プランナー、加藤 康祐、1980年生まれ。大学在学中の1998年よりデザイン会社にてWEBプランニングやWEBデザインを経験。2005年6月より個人事業、Experience Transportersをスタート。企画から制作まで自ら担当する。






